13話 元勇者パーティの戦い
「元気そうで何よりだわディバーン。こっちの世界を楽しんでいるみたいね」
「……ミチヒトを解放しろ」
「ええ、良いわよ。コイツはアンタをここに連れ出すエサってだけだから。殺すつもりもないし、逃がす気マンマンだから安心して」
ルディは左手で床に刺さっている長剣を引き抜くと、その切っ先を真っ直ぐ那谷羅に向けた。
「でも、それはアンタが死んだ後よディバーン。コイツを連れて逃げるつもりなら、その前に私は容赦なくこの男を殺すから」
握られた長剣がオレの目の前に振り下ろされる。
「一応言っておくけど、私とディバーンの決着がつく前に逃げたら殺すから」
「わかってるよ」
自力で逃げられるなんて思ってないので、オレは素直に肯定する。
「ルディ。どうしてこの世界にやってきた? お前はディライトの裂け目に落ちる理由などないはずだ」
「……何ソレ?」
震える声が呟かれた瞬間、オレの側からルディの姿が消える。
文字通り、ルディは目にも留まらぬ速さで那谷羅の背後へ移動していた。
「本気で言ってんのディバーンッ!」
背後を取ったルディは長剣を横薙ぎに払うが、那谷羅はその一閃を見ずにしゃがんで躱す。同時に二人の中心から激しい風が巻き起こり、局地的に発生した突風が廃工場全体を叩き揺らした。
信じ難いが、ルディの横薙ぎで恐るべき風圧が時間差で発生したのだ。
「ふっ!」
その風圧をくらった那谷羅は、重力が数倍になったと錯覚するくらい身体が重くなったはずだが、別段問題ないらしい。ワンピースが激しくバタついただけで、身体が戒められた様子はなかった。
那谷羅は剣の間合い外まで距離を取る。
「それで避けたつもりッ!」
距離を取った那谷羅に向かって、ルディがその場で長剣を十文字に斬り払った。
「祓線波!」
ルディの十文字が形を持った斬撃となって那谷羅へ飛んでいく。那谷羅は大きく右に跳んで十文字の斬撃を避けた。
「くっ!?」
避けられた十文字の斬撃は後方の錆びた壁にぶつかり、大きなカッターで乱暴に裂いたかのように壁を貫通する。
さっきの突風とはワケが違う。もしあの斬撃にまともに当たったら、人間の身体なんて潰れたトマトみたいに弾け飛ぶだろう。
それは、おそらく勇者ディバーンでも同じだ。那谷羅も例外ではない。
「とんでもねぇなコレ……」
アイツ、本当に那谷羅を殺そうとしてやがる。
さっきまでなかった実感というヤツが、斬撃の当たった壁を見てオレの背筋を震わせた。
「星剣ナフォルシュティ……今はルディが使っているのだな」
「ええ、そうよ。これがアンタ専用武器だったのは過去の話。この七英武具は今じゃ私専用なの」
またもルディは瞬時に那谷羅の背後に移動する。
「あんたの技だって見ての通りよッ!」
ルディの剣が振り下ろされ、またも那谷羅は距離をとって避けるが。
「祓線波!」
避けた先に向かって十文字の跳ぶ斬撃が放たれる。
即座に那谷羅は廃工場の天井に向かって跳び――それは悪手だったと気がつく。
「祓線属性!」
ルディは予想通りとばかりに、ドリルのような激しい螺旋を描く風を纏った剣を天井に翳す。
回避は不能。跳んだ直後の那谷羅では祓線属性をくらうしかない。
「自分の技で死ねッ! ディバーン!」
オレは祓線属性ってのが何なのか知らないが、本能で理解できる。
あの螺旋はルディの殺意が形になったモノだ。ただの突撃なワケがない。胴体に切っ先が触れたが最後、螺旋は那谷羅の全身を捻り切り、血と肉を周囲にバラ撒く。
目の前までやってきた祓線襲撃を見て、那谷羅は観念したように目を見開いた。
「コレを頼むミチヒト!」
同時、持っていたポーチと白いビニール袋をオレにパスとばかりに投げつけ、両手を空ける。
「祓線属性!」
ルディの剣と同じく那谷羅の両手にも風が纏われる。ルディと同じく螺旋を描く突風だが、厚みと柔らかさがあり回転は真逆だ。
祓線属性を両手に纏った那谷羅は、そのままルディの剣を掴んだ。
螺旋はもちろん刃まで思い切り握っているのに手から血が流れない。那谷羅の祓線襲撃がルディの祓線襲撃を防いでいるのだろう。オレには全くわからない理屈が両者に働いていると本能的に感じ取れた。
「はぁぁッ!」
「なっ!?」
剣を掴まれたルディはバランスを崩し、そのまま引っ張られるように那谷羅の後方へ投げられた。
「くっ!」
壁に激突するのは避けられないと思ったが、ルディは空中で無理矢理身体を一回転させて態勢を整えると、両足で壁を蹴って地面に着地した。
「絶対に殺れたと思ったのに……さすが勇者ね」
「本来、祓線襲撃とは相手の技を弾いたり無力化させる技だ。決してルディがしたような攻撃技ではない」
両者の剣と手に纏われていた風が消える。
「ふん、自分なりに技を工夫して使うのは当たり前だと思うけど?」
勝ちを確信した一撃を凌がれてしまったからだろう。強がっているが、ルディの顔には悔しさが滲んでいた。
「祓線波に祓線属性。いつから使えるようになった? ルディは私の技を苦手としていたはずだ」
「いつまで自分の専売特許だと思ってるの? おめでたいヤツね」
吐き捨てるように言いながら、ルディは那谷羅を睨み付ける。
「強くなったな、ルディ」
周囲は全く期待してないが、自分だけは信じていた人物が予想を超える成長をした。
那谷羅は睨み返しなどせず、感心と嬉しさの混じった顔をルディに向けていた。
「くッ! 今更すぎるわね! 少しくらい相手の努力や変化に目を向けたらどうなの?」
「……そうだな。たしかにルディの言う通りだ。私はもっと他人を……信じるべきだった」
「他人……」
ギリッとルディが唇を噛む。
「いつもアンタは上から目線よね。気に入らないわ」
「そんなつもりはない。私はルディを大した剣士だと認めているんだ」
「だからそれが気に入らないって言ってんのよディバーン!」
それだけで殺せるような憎悪が声となって那谷羅に叩き付けられた。完全な拒絶は那谷羅を俯かせ、それ以上の発言を許さない。
「今の私は星剣を使える! アンタが使える技だってこの通りよ! 基礎能力も以前とは比べものにならない!」
剣を握るルディの左手に力がこもる。
「私は勇者ディバーンより強くなったッ!!」
再度迫るルディを那谷羅は迎え撃つ。ルディは一撃勝負である祓線襲撃を防がれたからか、こんどは手数で攻めてきた。その無数の斬撃を那谷羅はどうにか回避する。
「くっ!?」
ルディの斬撃を回避し続ける那谷羅だが、その避け方が段々と大ぶりになっている。回避に無駄が多くなっているのだ。このままルディの攻撃が続けば、いずれ致命の一撃が那谷羅にブチ当たるだろう。
「ルディ……」
「ディバーン!」
両者は廃工場内を縦横無尽に動き回っている。二人のギア(速さ)は段々と上がっているようで、次第に目で追うのが難しくなってきた。オレは鳥みたいに首をキョロキョロ動かすが、二人の姿を捕らえても、すぐに視界から消えてしまう。
「これが勇者と剣士の戦いってヤツかよ……」
白いワンピースを着た少女と、淀鹿島高校の制服を着た少女が、空と地を動き回って命のやり取りをしている。こんなの色んな某漫画というか、創作や妄想の世界でしかあり得ないと思っていたが、これは現実だ。
敗北が死を意味するという、とても信じられない光景が目の前で繰り広げられていた。
「……那谷羅?」
戦い続ける二人をオレはどうにか追っていたが、次第に違和感を覚えてきた。
「ディバーン! いつまで私を舐める気よ!」
どうやらその違和感はオレだけでなくルディにもあるらしい。
二人は廃工場の床に降り立つと、ルディが抗議とばかりに那谷羅へ剣先を向ける。
「どうして攻撃してこないの! バカにするのもいい加減にしなさいよ!」
そう、攻撃しているのはずっとルディだけなのだ。戦いが始まってからずっと那谷羅はルディの攻撃を避けるだけで、攻めようとしない。ルディはそれが酷く勘に触るようだった。
「私に攻撃したらアイツに危害が及ぶとでも思ってるの? そんなくだらない心配してるならさっさと捨てなさい」
ルディは「約束は守るわ」と、那谷羅に改めて告げながら、オレに視線を向ける。
「……服が傷つく」
「……は?」
那谷羅は俯いたまま声を絞り出し、着ているワンピースの裾を摘まむ。
「ルディと本気で戦えば……この服が傷ついてしまう」
「なっ!?」
コイツは何を言っているんだと、ルディの表情が歪んだ。
「服に傷つくから……私と戦えない?」
「そうだ」
その一言はルディを侮辱し激高させるに十分な言葉だった。
「ふっ――――ざけんなぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
ルディが剣を天に突き上げるように構えると、その刃に竜巻が纏われた。その竜巻はルディの怒りを体現するように荒れ狂っており、龍を模した凶暴な雷まで発生している。
翳された剣に破壊の渦が巻き起こり、その渦が那谷羅へと向けられた。
「だったら私と本気で戦えるようにさあッ!」
ギロリと獲物を見つけた蛇のような目がオレを捕らえた。
「そこのボンクラごと殺してやるッ!」
周囲に散乱している機会群や廃棄物が竜巻に吸い寄せられズタズタされている。紙だろうが石だろうが鉄だろうがおかまいなしだ。オレもそばにあるデカい鋼材に掴まって踏ん張らなければ危ない。
ルディは那谷羅に対する怒りで我を忘れており、完全にオレを巻き込んでいた。いや、さっきのセリフからしてオレを殺す気満々になっている。
「その技はやめろルディ! ミチヒトが巻き込まれる!」
「知るかぁッ! 嫌なら私と戦え! 私を止めてみろッ!」
ルディが使おうとしている技を那谷羅は知っているようで、表情に焦りが満ちている。
「……仕方ない」
そして何か決心したように、オレの前へやってくる。
「伏せろミチヒト!」
「言われなくても伏せるッ!」
瞬時に危機を察したオレは、即座にその場で身を屈める。
「万象貫く灰絶の嵐!」
ルディが掲げた剣を振り下ろした。瞬間、局地的に発生した災害が廃工場内を駆け巡った。工場内にある全ての物が埃のように巻き上がり、まるで無重力にでもなったかのようだ。
当然それはオレも例外ではない。掴まってる鋼材が乱雑に宙へ浮いたせいで、為す術無く空中に放り出されてしまう。伏せた意味は全くなかった。
「うおおッ!?」
「ミチヒト!」
勇者だから、と思うべきだろう。こんな状況なのに、那谷羅は問題なく床の上に立っていた。
那谷羅が即座にオレの手を掴む。左手を握り、絶対に離すものかとオレを床に降ろそうとした。
「ダメだ! 那谷羅ッ!」
だが、那谷羅はオレなんかに構ってはいけなかった。ルディが放った万象貫く灰絶の嵐は廃工場内に嵐を巻き起こすだけの技ではないのだ。
ルディが最初に放った横薙ぎによる風圧と一緒で、嵐はあくまで副産物。
本命は刃に纏った竜巻で那谷羅を斬り裂く――いや、裂き千切るのが万象貫く灰絶の嵐だ。
その証拠に今、ルディは那谷羅の目の前に――
「ディバァァァァァァァァァン!」
オレを掴んで地面に引き戻そうとする那谷羅にルディが肉迫している。
何の力もない一般人に構っているお前が悪いのだと、ルディは確実な死をもって那谷羅を斬りつける。
回避は不能。オレを助けようとした那谷羅は、ルディの万象貫く灰絶の嵐によってその全身を――と思われたが。
「はああああああああああああッ!」
咆哮一閃。那谷羅はオレを掴んだ反対の――腕を盾にしてルディの剣を受けきった。
瞬間、ルディの剣から万象貫く灰絶の嵐が霧散し、同時に那谷羅の着ているワンピースが爪で裂かれたように破れ飛ぶ。
「なッ!?」
ルディは信じられないモノを見たように、その場で立ちすくむ。身体を震わせ、握っていた星剣がガランと音を立てて床に落ちた。