12話 ルディとディバーン
「……うう」
「あら、意外と早いお目覚めね」
意識が戻り目を開けると、目の前に体育座りしているルディが、オレに汚物でも見るような視線を向けていた。前に会った時と同じで、淀校の制服を着ていて――さすがに隠すとこは隠してるか。
「そのまま寝ておけばよかったのに。平和ボケしてる人間が殺し合いを見るのはオススメできないわよ」
ぼんやりしている頭を無理矢理はっきりさせ、オレは周囲を見渡す。
どうやらここは廃工場のようだ。錆びた鉄の梁が天井を支え、壁も梁と同じで、長い間人の出入りがないとわかる。すっかり荒れ果てているので、かつて造っていたモノを予想する事はできない。壊れた機械群と、廃棄物と思われるモノが散乱しており、時折風が吹き抜ける音が聞こえた。
「……ん?」
オレは自分が拘束されていない事に気づく。手も足も、何処も縛られていないのだ。普通は動けなくするはずだが――ああ、そうか。する必要がないのか。
ここから廃工場の出入り口が確認できる事からもわかる。走れば十秒もかからずたどり着けそうだが、そんなのルディにとっては何の問題もないのだ。
「一応言っとくけど、逃げるなんて考えない方がいいから」
人間が一匹の蟻に対して何の警戒もしないのと同じだ。ルディにとってオレは簡単に“処理”できる弱者なのだ。
「……なんで那谷羅を殺そうとしてるんだ?」
ルディが答えるかわからない。だが、オレは仮に殺されるとしても、何に巻き込まれているかくらいは知りたい。それに何故ルディが那谷羅を強く怨んでいるのか純粋に疑問だった。
那谷羅が殺したい程怨まれるなんて、オレにはとても思えないのだ。
「……私とディバーンはマルリリク王国って所にいてね。その王国が魔王とその配下の魔物達に滅ぼされそうになったの。その元凶である魔王を倒せる人物として選ばれたのが勇者ディバーン。あんたが那谷羅心梨って言ってる女よ」
那谷羅が言っていた話だ。ルディは「意味わかる?」と視線を向けてくるが、オレは肯定するように頷く。
「魔王を倒せる勇者を見つけた王国は、その勇者と一緒に旅する仲間も見つけてきたわ。世界の命運を一人に託すワケにはいかないからね。王国中から選りすぐりのメンツを集めて、ソイツらと勇者はパーティを組んだ。魔王を倒しに行く王国の希望のパーティってヤツね。私はそのパーティにいた剣士なの」
ルディは以前オレに向けた長剣を優しく撫でた。廃工場の窓から差し込まれる陽が、銀の刃にあたって鈍く反射する。
「私達は魔王を倒しに行くパーティ。だから、王国は自国が用意できる最高装備品である秘宝、七英武具を託してくれたわ。他にも多くの兵士達を犠牲にしながら魔王城の位置を見つけたり、そこまでのルートを確保するために大量の魔物を陽動した。住民達も同じで、足りない兵士の代わりになるのはもちろん、王国が決行する作戦のために故郷を捨てたりしたわ。マルリリク王国に住む者全てが勇者パーティに協力したの」
今の所ルディが話す内容に違和感はない。王国が魔王という侵略者に滅ぼされそうになっているなら、その魔王を倒せる可能性がある勇者とその仲間に全てを賭けるのは当然だからだ。
「王国は魔王を倒するため、勇者パーティに七英武具をあげた。魔王城の場所を知るのに多くの王国兵が死んで、ルートを確保するための陽動で更に死んだ。住民達は兵士の代わりになり、故郷まで犠牲にした。つまり、王国全体がもの凄く頑張って準備したの。だから――」
ルディは心底呆れたように、深いため息をつく。
「――王国はあっさりと魔王を倒して世界を平和にした勇者ディバーンを非難した」
「……非難?」
どういう事だ? 王国を危機に陥らせた魔王を倒せたならそれいいじゃないか。感謝されこそすれ、どうして非難する?
「ディバーンはあまりにも強かったの。パーティを組んだ数日後、準備が整ってこれから旅立つぞって日に、ディバーンは勝手に一人で行っちゃってね。陽が落ちる前に魔王を倒してしまったのよ。王国全体で大きな犠牲を払ったのがバカらしいくらいの強さと速さだったわ」
「……なるほどな」
なんとなくルディの話が見えてきた。
「嘘みたいな話だけど、魔王は確かに倒された。魔王の配下である魔物達が消え去って、王国への侵攻が完全に途絶えたからね。以降、魔物の姿は一切目にしなくなって、兵士や住民が魔王軍に襲われなくなった。実感薄かったけど、たしかに王国は救われたのよ」
人は誰しも、支払った分の苦労に見合う成果を実感したいと思っている。カタルシスと同じだ。苦労という弓が引き絞られただけ、成果という矢が的のド真ん中に刺さるのを期待する。
つまり、自分勝手なストーリーを想像してしまうのだ。
希望を託した勇者は、自分達が払ったモノに見合うだけの頑張りをするに違いない、と。
「でも、その平穏は勇者がたった一人旅立ってすぐにやってきた。あまりにあっさりと手には入ってしまった」
きっと王国に住む者達はこう思っただろう。
――こんなにあっさり魔王が倒せるなら、私達が勇者のために何かする必要あったか?
――私達が勇者のためにやった事ってなんだったんだ?
――なんで私達は犠牲を強要されたんだ?
――勇者がさっさと魔王を倒せば、私達が犠牲を出さないで済んだのでは?
――勇者はすぐ倒せる魔王を放置して、私達が苦しむのを見て楽しんでいたんじゃないか?
魔王を倒すためにやらされたとはいえ、人間は機械になれない。感情があるのだ。
突如来た平和は実感が薄く、犠牲を強いられた住民達は「どうして自分だけが?」と思わずにはいられなかったはずだ。過程と結果のギャップに耐えらず不満を漏らすのは想像に難くない。
「平和を認められない国民がかなり出てきたわ。魔王と勇者は裏で手を組んでいるじゃないか、勇者が魔王に成り代わる作戦を実行しているんじゃないか、魔王が侵略方法を変えただけなんじゃないか、ってもう色々よ。不平不満タラタラの国民が続出したの」
「バカだろソイツら。勇者がくれた平和を享受できないなんてよ」
勇者が魔王を倒すためピンチを乗り越える。パーティと一緒に力を合わせてギリギリの所で魔王を倒す。勇者パーティの誰かに犠牲が出る。勇者は魔王を倒したが死んでしまう――とかなってれば話は変わっただろう。国民の頑張りと勇者の頑張りが世界を平和に導いたと酔いしれたのだろう。
だが、勇者はたった一人でいとも簡単に魔王を倒してしまった。あっさりと王国を平和にしてしまった。
勇者のために色々な犠牲を出した王国民達をあざ笑うような結果を出してしまった。
「魔王が倒れ、勇者は必要とされなくなり……残ったのは意味のわからない悪評だけ。なんなのよコレ。どうして平和を取り戻した勇者が石を投げられてるのよ。なんで非難されなきゃならないのよ」
全ての元凶は魔王なのに、どうしてその不幸や犠牲をツケとばかりに勇者へ押しつけられるのか。
オレはその国民達の行動が理解できても、納得はできなかった。
「私は勇者が悪者にされるのに耐えられなかった。だから、そんなヤツらと戦ってきたわ。そんな私にディバーンが「ありがとう」って言ってくれたのは……今でも忘れない。とても嬉しかった」
ルディの頬が赤く染まる。本当に嬉しかったのだろう。かけがえのない思い出でになっているのが、聞いているオレにもはっきりと伝わってくる。
「でも、ありがとうと言ったアイツは王国からいなくなった。罪人が落とされるディライドの裂け目に自分から落ちていって……勇者自身が己は悪人と認めたのよ!」
さっきと打って変わってルディの表情が怒りに満ちていく。信じていた者に背中を刺されたとでも言わんばかりだ。
「その後は最悪よ。勇者が罪を認めたって王国中で言われるようになって、ディバーンを擁護していた私は犯罪者扱いされた。なかなか酷かったわよ。勇者を庇うヤツに人権無しってレベルの仕打ちだったから。王国のヤツら、ディバーンとその擁護者の私が相当ウザかったみたいね。でも、私はそんなクソなヤツらより――ディバーンが許せない」
ルディは長剣を床へ垂直に突き立てた。
「自身を悪と認めて私を裏切ったディバーンが絶対に許せない!」
ルディはギリッと唇を噛みしめる。
「ディバーンは魔王を倒して王国を平和にした凄いヤツじゃない。なのに、どうしてその張本人が自分から悪だって認めるのよ。どうして私を裏切れるのよ。何考えてディライドの裂け目に落ちて……どうして……どうしてよッ……」
ルディは床に刺さった長剣に寄りかかり、その刃を握った。
右手から鮮血が溢れ、その血は涙の代わりのように床を赤く染めていく。
「おい」
オレは立ち上がってルディに絆創膏を差し出した。
「……何のつもり?」
「勝手にキレてケガしてんじゃねーよ。これはっとけ」
オレは常に絆創膏をいくつかポケットに入れている。少量ならかさばらないので、いつも携帯しているのだ。意味ないと言われたりするが、携帯しない意味もない。まさか剣の刃を握りしめた女に差し出すとは思わなかったが。
「どういうつもり? 私はあんたをさらったのよ? ディバーンを殺そうとしているのよ?」
受け取ろうとしないか。なら仕方ない。
「そんなの関係ないな」
「ちょ、ちょっと……」
オレはルディの右手を無理矢理掴むと、傷の確認をする。
派手に血が流れた割には大した切り傷じゃないし、傷の範囲も小さい。ふう、よかった。でもまあ、そりゃそうか。単純にコイツの身体が丈夫ってだけかもしれんけど、さすがに振るう剣に支障が出る傷を負う程バカじゃないよな。
「もうさっきみたいな事するなよ。絆創膏がもったいない」
小学生の頃、霧によくやってたの思い出しながら、ケガ部分に絆創膏を張っていく。
よし、我ながらうまく貼れたな。
「…………」
ルディは絆創膏の貼られた右手を不思議そうに眺めている。
「あんた知らない相手にこんな事するヤツなの?」
「オレは総理大臣になる男だからな。このくらいやって当たり前なんだ」
「総理大臣?」
「お前らのとこでいう国王みたいなもんだ。あくまで例えだけどな」
「あんたが国王?」
ルディはジト目をオレに向けてボソリと呟く。
「変なヤツ」
「勝手に言ってろ」
ルディに絆創膏を貼り終えたオレは床に座ろうとしたが、その時廃工場の出入り口に人影が見えた。
「……ルディ」
そこにはオレとデートした時と全く同じ姿をした那谷羅が立っていた。慌ててやって来たのか、白いワンピースに多少皺ができている。手にはポーチと、ゲーセンでとったセミのぬいぐるみが入ってるだろう白いビニール袋を下げていた。