11話 那谷羅とデートする
「おお、ミチヒト。待たせたな」
「いや、待たせたのはボクの方だからそれは違う……んだけど」
南口に比べれば圧倒的に人通りの多い北口に行くと、驚くべき姿になった那谷羅がいた。
「どうした? ハトが無反動砲をくらったような顔をしているぞ?」
「それを言うなら豆鉄砲だよ。って、ソレ誰から教えてもらったの?」
那谷羅は白いワンピースを着てオレを待っていた。制服での姿しか知らないので、一瞬別人かと思ってしまった。
その衣服は純白の花びらを連想させるようで、軽やかな風に揺れながら那谷羅の魅力を引き立てている。襟元は淡いレースで縁取られ華奢な首元を優雅に飾っており、ワンピースの上部は那谷羅の身体に程よくフィットしていた。ウエストから広がるスカート部分はゆったりとしたシルエットでありがなら女性らしい曲線を強調しており、白い肌も相まって、那谷羅の純粋さを一際立たせている。
「スマホだ。ネットはなんでも答えてくれるから助かっている」
財布とスマホ入れを兼任しているリボンのついた可愛らしいポーチを翳しながら、得意満面の顔をオレへ向ける。でも、言ってる内容間違ってますからぁ!
「那谷羅さんにはまだネット難しいかもね……」
もし、那谷羅の事を何も知らないヤツが見たら天使がいると錯覚するだろう。事実、元が美少女なので結構な男女が那谷羅に視線を向けている。オレもこの那谷羅が魅力的なのは認めるし、その認識は絶対に間違っていない。個人的には、制服姿ばかりの美少女が初めて見せたまさかの私服、ってインパクトもある。
でもコイツ、バッタとカエルがいけちゃうどころか、鉄だってバリバリいけちゃうんだよなぁ。外見と中身の摩擦で台風が発生しそうなんだよなぁ。この雰囲気ブチ壊し案件なんだよなぁ。
なので、オレは目の前の那谷羅を見て浮つきはしない。いや、浮つけない。
「その、どうだろうか?」
「うん、似合ってるよ。那谷羅さんって白がピッタリだね」
オレは鈍感だったり難聴だったりする主人公系男子ではない。ちゃんと那谷羅が聞きたい事を理解する。もちろん嘘じゃない。本音だ。
「そ、そうか。よかった」
那谷羅はホッとしたように息をつく。
「所持してる衣服は制服とナサナ殿からもらった部屋着しかないとキリに言ったら、服を買う流れになって……これを選んでみた。キリも似合うといってくれた。嬉しかった」
那谷羅が選んだ服なのか。たしかにワンピースは霧の趣味じゃないな。霧なら上はインナーとオフショルのトップスなんかにして、下はショートパンツと足首まであるサンダルを履かせそうだ。
「何故だろう……どうしてかミチヒトへ無性に感謝を述べたくなる」
那谷羅はオレを覗き込むように一歩近づいてきて手を取った。
「ありがとう。似合うと言ってくれたこの服、ずっと大事にする」
「そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ」
まーたコイツ、男子高校生が誤解するような言い方しやがって。つい顔が赤くなる所だったじゃねーか! 危ない危ない。予想もしない恰好してるからオレの精神が動揺しちまった。
くそ、こないだはオレの素が何度も出ちまったし、なんでコイツはいつも容易にオレを揺さぶれるんだ。
「……うう」
「那谷羅さん?」
何度目かわからない自戒を繰り返していると、急に那谷羅がその場に蹲った。
え? どうした? 腹でも痛くなったのか?
「ど、どうしたの? 体調が悪いなら今から帰って――」
「だ、大丈夫だ! 心配かけて済まない」
すぐに那谷羅は立ち上がる。オレに背を向けているので顔が見えない、というより見せてくれないが、言った事に嘘は無さそうだ。
那谷羅は元気よく歩き始め、その後ろをオレはついて行く。
「昨日、時間がなくて行けなかった場所があるんだ。まずはそこを目指そう」
行き先は決まっているらしく、那谷羅の歩調に迷いは無い。那谷羅は喧噪に包まれてる北淀鹿島を歩いて目的地を目指し、オレは数歩遅れてついていく。
那谷羅の横につくのはもう少し後にした方がいいかもな。少なくとも、アイツの耳が赤くなくなったらにしておこう。
「むむむ……もう少しなのだがな」
北淀鹿島は南淀鹿島とは別世界だ。田舎な風景なんて微塵もなく、虫の鳴き声も聞こえなければ、田んぼも畑もなく、静けさなんてモノもない。
「結構な金額使ってるけど、やめとく?」
「も、もう少し! もう少しだけ狙ってみる!」
北淀鹿島は人で溢れており、道路は絶えず車が行き交っている。歩道も人がいっぱいだ。さらにビルまで建ち並んでいるので、南淀鹿島と比べると未来にタイムスリップしたのかと錯覚してしまう。
「小銭がなくなったら諦める。信じてくれミチヒト」
「両替してまでは狙わないんだね。うん、懸命だと思うよ」
都会と呼ぶに十分な活気と熱気に満ちており、淀鹿島市に住む者でなくとも来る人間は多い。やって来れば何らかの娯楽を楽しめる場所になっているのだ。
「両替? 両替とはなんだ?」
「やべ、余計な事言ったかも……」
北淀鹿島には様々な店舗が多く建ち並んでいる。
それは喫茶店であったり、飲食店であったり、飲み屋であったり、ドラッグストアであったり、カラオケであったり、テナントいっぱいのアーケード街であったり、デパートであったり、アミューズメントパークってかゲーセンがあったり、何でもござれだ。
「うむむ……やはり取れない」
で、今そのゲーセンで那谷羅はプライズにハマっている。クレーンゲームと呼ばれているヤツで、那谷羅はガラスケースの中にある景品をどうにしかして取ろうと四苦八苦していた。
ちなみに那谷羅が取ろうしているのは、可愛らしくデフォルメされたセミのぬいぐるみだ。女子が抱きしめるにはちょうど良い大きさをしている。
セミか――食べたいから取りたいんだろうか。
「ちょっと僕がやってみていい?」
「す、すまない。頼むミチヒト」
ぬいぐるみは穴のそば、開口部分の近くに落ちている。ちょっと穴の方へズラすように持ち上げられば落とせるだろう。だが、それができず那谷羅は苦戦していた。おそらく、穴近くまではあっさり持ってこれて、そこからハマってしまう仕様なのだ。
だが、クレーンゲームは詐欺ではない。どんなに難しくとも、必ず景品を穴に落とせるようになっている。つまり、このクレーンゲームを担当した人間が、どのようにクレーンを扱えば景品を取れる仕様にしたのか。それを読み取れれば、プライズというゲームは意外とあっさり景品を穴に落とせる。
プライズ景品は基本(あくまで基本)として、大きいぬいぐるみなら三千円程度で取れる設定にされているのが多い。那谷羅が使った金額は二千円なので、あと千円使えば金額的には取れていいはず……ん? アレ?
「おお! すごいなミチヒト!」
オレなりにこの先を色々と考えつつクレーンを動かしていたら、あっさり取れてしまった。クレーンのアームを雑に引っかけただけで景品を落とせちまったぞ。これ、仕様が失敗してない? 最初からオレがアームを二回くらい動かしてたら、セミぬいぐるみゲットできそうだぞ。
「はい」
「え? いいのか?」
オレはゲットしたセミのぬいぐるみを那谷羅に渡す。
「那谷羅さんが取ろうとしたヤツだから。気にしないで受け取ってよ」
「し、しかし……」
「ボクがもらったらハイエナになるからね。那谷羅さんの頑張りを利用した悪人になっちゃうんだ。那谷羅さんがもらってくれると助かる」
「ミチヒトが悪い事をした、となってしまうのか。なら、受け取らねばな」
那谷羅はセミのぬいぐるみをギュッと抱きしめると、上目遣いにオレを見る。
「ありがとうミチヒト。とても嬉しい」
よほど気に入っているのか、那谷羅はぬいぐるみに頬を寄せて、柔らかさをたしかめるように抱きついていた。相当欲しかったみたいだな。よかったよかった。
「では、いただくとしよう」
「それ、ぬいぐるみだからね」
やはり食べようとしてたので、やんわりと止める。コイツには近いうちに有機物(本物)と無機物(偽物)の違いを教えなきゃならんな……
「ミチヒトは欲しいモノないのか?」
「ん? ボクが欲しい景品?」
オレが欲しい景品はないが、ここで無いと答えるのはナンセンスだ。那谷羅は恩返しがしたいと、オレに景品を取ってあげたいと思っているはずだからな。
「そうだな……」
なので「別に欲しい景品は無い」と言うのはNGだ。那谷羅の気持ちを無下にしてしまう。
しかしかといって、ここでテキトーなプライズゲームを選ぶワケにはいかない。お菓子のプライズでは特別感が薄まるし、那谷羅はヘタなのでセミのぬいぐるみ以上の難易度も選べない。
「最近気になってるのあるんだ。それを那谷羅さんにとってもらおうかな」
「任せてくれ。必ず期待に応えるぞ」
なので、那谷羅には小さめの景品が入ってるプライズに挑戦させよう。二段重ねにされているミニサイズのヤツなら那谷羅でも取りやすいはずだ。
この種類なら比較的難易度は低い。クレーンの挙動も素直だからやりづらさもないだろう。これなら散財は最低限に抑えられるし、景品の適当感も薄い。つまり、オレが欲しがっているという演出が比較的容易だ。
ふっ、我ながらなんて素晴らしいアイデアなのか! 学校での評判を損ねないようにする最高の立ち回りだぜ。ふっ、決まったな。
「あの景品が欲しいと思ってたんだよ」
「む?」
オレは予定通り二段に積み上がっている小さめのガラスケースを指差した。そのプライズゲームの中には、ボールチェーンがついたミニサイズのくまのぬいぐるみが入っている。
「なるほど。ミチヒトは肉好きで珍味なのだな。私と好みが違う」
「ぬいぐるみに肉とか珍味は関係無くない?」
ぬいぐるみを「可愛い」とかじゃなく「肉」「珍味」で判断する女子高生は、世界広しといえどコイツしかいない思う。
「よし、こんどは取ってみせるぞ」
「ありがとう。でも無理しないでね」
オレの見立てに間違いなければ、このプライズは六百円も使えば那谷羅でも取れるはずだ。もし、取れそうになければ店員を呼ぼう。さっき、那谷羅が苦戦していたのを多くの店員が見てたからサービスしてくれるはずだ。この辺、ゲーセンは空気を読んでくれる。
「任せてくれ。む?」
那谷羅はポーチから取り出した財布の中身を見て、少し苦い顔をした。
「すまない。小銭がなくなっているのを忘れていた」
「両替知らないんだよね? ちょうどいいから教えてあげるよ」
なんだかプライズゲームを強要しているようで気が引けるが、札を小銭に崩す方法を教えるいいチャンスだ。
「このフロアの何処かに両替機があるはずだからそこで――」
「待ってくれミチヒト」
那谷羅はオレの口を遮るように、右手でストップの構えをする。
「私はいつもミチヒトに助けてもらっている。ここは私一人にやらせてくれ」
「別に気にしなくて大丈夫だよ? 知らないのは恥ずかしい事でもなんでもないし」
「ありがとうミチヒト。でも、ここは自分だけでやってみたいんだ」
那谷羅はいつもの無表情だが、巣立ちの試練とばかりにやる気まんまんなのが伝わってくる。重要な任務でも受けたかのように、財布から千円札を取り出した。
「わかった。頑張ってね那谷羅さん」
「もちろんだ。期待していてくれ」
そう言って――那谷羅は即座に店の外へ出て行った。
おいいいいいい! いきなりチョンボかぁ!?
「ハハハ」
何故か笑いがこみ上げた。那谷羅をバカにした笑いではない。癒やされた時や、愛でたいモノを前にした時といった、ふとした際に出る心の緩みのようなモノが無意識に溢れたのだ。
「この感覚……久しぶりだな」
那谷羅を見ていると安心感に包まれている自分がいるのに気づく。どうやらオレは那谷羅をかなり好意的に思っているらしい。オレが評判のために誰かの世話をやくのは昔からだが、こんな感情を抱けるヤツはそう多くないからだ。
それに、世話をきっかけに友達になる事はあっても、デートまでしたってなると那谷羅以外じゃ霧しかいない。
オレが特別と呼べる友達は霧くらいだが、そこに那谷羅が加わるかもしれないな。
全く知らない世界からやってきた女子にそんな思いを抱くとは、人生何があるかわからないもんだ。
「昔の霧と被ってんのかな……なんか那谷羅は放っとけねぇんだよな」
「そうね。私もあなたを放っておけない」
オレの背後で冷たい声が聞こえた。
「忠告したの忘れた? それとも私をナメてたのかしら?」
声の主がオレの首筋に手を回してくる。
「お前――」
「後悔しても遅いわよ」
振り返ろうとしたが、そう思った時には膝から崩れ落ちていた。
「忠告した通り、ディバーンをおびき出すエサになってもらうから」
どうしようもない実力差というモノを初めて実感する。
ルディ。
この女が持つ常識外の力を、オレは本能で感じた。
「ディバーンはこんな男を……なんでこんな男をッ!」
目の前が真っ暗になっていくのと比例して、オレの意識は深く落ちていった。