1話 どっかの女子と出会った
それは隕石が落下したかのような爆音だった。
「な、なんだぁ!?」
オレ、正義道人は二十五度を超える六月上旬の真夜中、暑さで眠れず外に出て散歩していた。
耳を塞ぎたくなるような馬鹿でかい音だったので、震源地は近いとすぐにわかった。
この音の正体、二度とない機会だと思い、オレは好奇心のまま爆音場所であろう神社に向かう。
しかし、そこで見たのは隕石でも宇宙船でも地球外生命体でもなく。
女子学生に絡むオッサンという、通報した方が良さそうな光景だった。
「なんでオレの視界内で……チッ!」
オレは淀鹿島高校一年で一番の成績であり、全国模試でも上位三十位以内をキープしている生徒だ。学校の生活態度も完璧で、生徒と教師共に超評判良し。清く正しい生徒を体現しているのが正義道人と言ってもいいだろう。
オレは所謂素晴らしい生徒であり、それを維持すべく努力している。
そのため誰か知らないヤツのトラブルなんてのは、ゴメンでありふざけんなでありやめろバカであり全力で回避してきた。そんなのに関わったらこれまで培った様々なモノが崩壊するかもしれないからな。デメリットしかない。
そんな事になった総理大臣になれなくなってしまうからな。
そう、総理大臣になるのがオレの夢である。だってオレって優秀だし? そんなオレが国民を導くのはノブレスオブリージュっていうか当前だし? 誰からも一目置かれてる存在だし?
ああ、もちろんバカにしたいヤツはすればいい。そんなくだらないヤツらを見返すのも一興よ。
「どうみても絡まれてるよなアレ……」
だから、リスクしか生まなそうなレア(物騒)なイベントを見つけて頭を抱えてしまう。
「私にはわかるぞ。それは間違いなくタバコだ」
「ああ~? んですかぁ? 別に問題ないっしょぉ? 吸わせてくださいよお嬢ちゃ~ん?」
爆音に好奇心を持ったのが運のツキだった。この、近所にある寂れた神社にやってこなければ、いざこざなんて目撃しなかったのに。
この辺りに民家はなく、ある(建つてる)のはウチが経営している民宿があるのみだ。他は川のせせらぎと虫や両生類の大合唱(鳴き声)が聞こえるくらい。そのため、鳥居の前にある古い外灯下で言い争いをしている二人はとても目立つ。
食堂で飲んでたら思いのほか盛り上がって自室でも飲んでたらちょっと外に行く気分になっちまったぜぇ、的な流れでここにいるだろう酔っ払いのオッサンがいて。
ピシッと几帳面に背筋を伸ばし、どんなシャンプー使ってどんな日常を過ごせばそんなサラサラな黒髪ロングになるんだよと言いたくなる制服美少女がいる――って、ちょっと待て。
「アイツ、淀校の生徒じゃねぇか」
ガン見したから間違いない。胸元についた赤リボンが特徴的な半袖シャツと無地のスカートは、オレの通う学校の女子が着ている淀鹿島高校の制服(夏服)だ。
なんてこった。頭がさらに痛くなる。
これ、無視したらいけないヤツじゃん……
「タバコは吸ってはいけないモノだぞ」
あのオッサンは高確率でウチの客だとわかるが、女子の方は謎すぎる。
なんでこんな真夜中&こんな場所に淀高の女子がいるんだ?
「タバコは吸って一理無しと聞いている。ただ体を害するだけの物体だ。そんなモノを吸う輩がいたのなら、止めるのが普通というモノだろう」
女子はキリッとしたつり目なのに、可愛らしさに溢れたアンバランスな顔立ちをしており、この矛盾にやられる男性諸君は多そうだ。誰も放っておかない魅力に溢れた完璧な美少女とはヤツを指すのだろう。
だが、惜しいかな。あの女子が美少女なのは間違いないが、喜怒哀楽を知らんのかと言いたくなるくらい無表情なのだ。そのため、本来あるべき魅力が死んでいる。もの凄く無愛想。天は二物を与えずとはこの事か。
「別にいいじゃない? オジサンと話してくれるのは嬉しいけどさ? 話すなら、もっと楽しい会話したいなぁ~」
「む……いや、ダメだ。楽しい会話というのは非常に興味あるが、それはこの話が終わったらだ」
さっきから聞いてるんだが、微妙にこの二人の会話おかしくないか?
おっさんは別にいいんだが、淀校女子の方がおかしい。
「タバコは害があるのだ。害あるモノを口にするのは、自殺するも同じ。見過ごすなどできない」
なんで無愛想美少女は「タバコを吸うな」なんてオッサンに注意しているのだろう。
当たり前だが未成年でなければタバコを吸って問題なし。昨今は喫煙者が非難される世の中なので、吸いたい時に吸えるタバコは至福の時間だろう。健康だなんだってのも自己責任の範疇だ。
つまり何が言いたいって、オレは酔っ払いのおっさんが女子に絡んでいるのかと思ってたが。
コレってまさか、女子が酔っ払いのおっさんに絡んでいるのか?
「さあ、タバコとライター? といったか。それを私に渡すがいい。速やかに処分しよう。何あっという間だ。一瞬で消してやる」
「なんなのぉ? なんなのこの子ぉ? オジサンいじめて楽しいぃ? 不埒な正義を翳す事に快感を覚えているのかいぃ?」
その時、オッサンの手が振り上がった。相手が女子とはいえ、さすがにイラついたようだ。おいおい、マジかよ。クソッ!
「あーっと! いけませんいけません!」
オレはダッシュで女子とオッサンの間に入り、興奮した猛牛を諫めるように手を翳す。
「オジサンそれはダメです! やり過ぎです! それ以上はマズいですよー!」
正直言うならオレは無視したかった。こんな面倒くさそうな状況は見て見ぬフリをしたかった。
だが、女子はオレと同じ淀高の制服を着ている。もし、女子がオレに気づいていたら、去るオレを見て「助けてくれなかった」だの「見てたのに無視した」だのと、校内に吹聴するかもしれない。
それはオレがこれまで築き上げた完璧な経歴に傷をつける結果となる。周囲は手の平を返したようにオレを非難するだろう。負の評判はそう簡単にひっくり返らないが、正の評判は光の速さで裏返る。総理大臣の夢が遠のくのは間違いない。見かけてしまった以上、無視する方がリスクになっているのだ。
「この子ねー。ちょっとおかしな所のある女の子なんですよー。いや、それがチャームポイントでもあるんですけどね」
それに、その、なんだ。
噂や聞いた話でしかないなら行動しない。でも、暴力を振るわれそうなヤツが目の前にいては、それを無視するなんてできなかった。
あー、損だよなぁ。矛盾してるよなぁ。わかってるんだけどなぁ。やっちまうんだよなぁ。
「タバコはガンガン吸っちゃってください。この辺って全然人いないんで、オジサンはなーんにも悪くありません。今日とか昨日とか明日とかへの怨み辛みを煙りにして吐き出しちゃってください。スモークサーモンできそうなくらいガンガンどうぞ」
「あ、そう? 君のような立派な青年に言われたらしょうがないなぁ~ おもしろいし~」
「あざっす! もったいないお言葉っす!」
酔っ払っているのが幸いした。素直に納得したようで、オッサンは神社から立ち去っていった。一度振り返って手を振るおまけつきだ。ふっ、道化を演じたかいがあったぜ。
寝て起きたら全て忘れてますようにと、オレは手を振り返す。
「ふ~」
オッサンは去った。なので、この場に残っているのはオレと女子と、外灯に集まっている蛾だけになる。
「…………」
「……えーと」
ずっと黙っているワケにはいかない。この女子、何と言って帰らせようか。
「…………」
「あの、どうかした?」
女子はさっきのオッサンなど完全に忘れたとでもいうように、オレの顔をジーーッと見つめている。頭の上にいくつも「?」を浮かべながら、興味津々に見つめてくる。
「君は私を助けてくれたのか?」
当たり前すぎる作業工程を確認するように、女子はオレに聞いてきた。
「そう言われると照れ臭いけど……うん」
自分でこんな事言うの恥ずかしすぎるんだが?
「そうか……」
女子はオレをチラチラ見て口を動かそうとするが、すぐに何か考え込むように黙り込む。
その仕草を見てピンと勘づいた。
「ごめん、名乗ってなかったね。正義道人です」
その勘は当たっていたようで、女子の顔がパアッと明るくなった、気がした。
不思議だ。表情は無愛想なままなのに何故かそう思える。
「マサヨシミチヒト。つまりミチヒトか」
女子は何度かオレの名前を繰り返すと、真正面からオレを見る。
「ありがとうミチヒト。君は私の勇者だ」
「……はい?」
ありがとうはわかる。むず痒いが、女子はオレに礼を言ったのだ。
でも、勇者ってなんだ? 昔のゲームとかに出てくるあの勇者か? でも、その勇者だとして、なんでオレが勇者? 女子を助けたからか? 大袈裟すぎない?
「私の名はディ――那谷羅心梨だ。また会えると嬉しい」
那谷羅心梨? そんな名前の女子が淀高にいたか?
オレは顔と名前だけなら淀校にいる全員を記憶しているが、その記憶に該当者がいない。おかしいな。記憶漏れがあるのだろうか。クソッ! だとしたら覚え直さなくてはならない。
「ではミチヒト。良い夜を」
ビュン、とヘリコプターが離陸するかのような突風が吹きあれた。
「…………は?」
雑草達がざわめき、遠くの木々が大きく揺れ動く。そばに落ちていた小石達は即座に吹き飛び、アスファルトに積もっていた砂もあっという間に巻き上げられていった。
トドメに、隕石が落下でもしたかのような爆音。
爆音の正体は、那谷羅心梨という女子が空をカッ飛んでいった音だった。
「……何アレ?」
夜中だったので外灯が届く範囲しか見えていない。でも、間違いなく那谷羅は爆音を響かせて空を飛んだ。某世界的有名なバトル漫画のように、一瞬でこの場から飛び去って行った。
「…………」
世の中には七十億の人類がいるという。
それだけ人類がいれば、一人くらい自由自在に空を飛ぶヤツがいてもおかしくはな――おかしいわ。うん、絶対おかしい。おかしくないわけがねぇ。
夢かと思う。手品かと思う。手の込んだドッキリをやられたのかと思う。
だが、那谷羅って女子が夜空の彼方へ飛んでいったのは現実で、周囲から仕掛け人達が出てくる様子も無い。なので《ドッキリ!》と書かれた看板を持った人間も出てこない。
「……寝よう」
オレは考えるのをやめ、真っ直ぐ家に帰って布団に潜った。