第7歳 -1月-(1)
躊破は幼稚園を卒業した。そして、躊破は主人公としてまたもや壁にぶち当たるのだ。それは「入試」である。
「ふぇ?躊破くんは受験するの?」
「うん、ママが受けろってパパと喧嘩してた」
躊破の報告に言葉を返したのは金並在吾。金並グループの最高責任者である金並在我の息子である。少し抜けているところもある躊破グループの一味である。
「”喧嘩してた”って、千疾おじさんは反対なの?」
「いやどっちも賛成だったよ」
「それ喧嘩してないじゃない!」
どうやら会話は絶好調だったらしい。
そして、躊破の父である千疾を叔父さん呼びしたのは躊破の幼馴染である肩肘脚手。2歳の時からご近所付き合いで躊破と仲良しだった幼馴染だ。
「それでどこの小学校に受けるの?」
「和恵果樹園附属學園だよ」
「え?もう一回言って?」
「和恵果樹園附属學園だよ」
「......え?」
和恵果樹園附属學園という名前を受け入れられないのは浜谷羅利琉。
和恵果樹園附属學園とは戦後直後に出来た稀有な私立学校である。
昔々、戦場と化した果樹園には"和恵"と名付けられた1本の桃の木があった。"和恵"は他の桃の木よりも逞しく、多くの実を実らせる立派な果樹であった。その果樹園に戦火が及び、死屍累々な惨状となった中でも、"和恵"だけが力強く立ち続けた。そんな"和恵"に転機が訪れた。果樹園の経営者が”勝札”、いわゆる昔の宝くじの一等賞に当たったのだ。経営者は手に入ったお金で學園を作った。そして孤独だった"和恵"の周りに子供が集うようになり、そして今ではその淋しさから解放され────美味しい桃を今日も実らせるのだ。
和恵果樹園附属學園は果樹園の経営者が"和恵"を愛しすぎるあまり生まれたものであったが、今や戦後復興につれて発展してきた由緒正しき学園として名を馳せている。
「あの、モモの学校?」
「かーちゃんよく知ってるね!」
「元々そこに受験しようとしてたんだ!」
和恵果樹園附属學園のことを知っていたのは烏田蚊火加。家火化は幼いながら車を作る夢を叶えるために勉強しているのだ。
「じゃあ、ちゅー君と僕は一緒だね!」
「かークンと躊破クンが一緒になるのかぁ、じゃあ、朕も行くー」
朕というのは在吾の一人称である。
「じゃあ私もー、みんなと一緒に行くー!」
ということで向日葵組の皆んなで和恵果樹園附属學園に受験した。
◆
校長は66年生きてきた中で最大のピンチを迎えていた。日本でも五本の指には入るであろう大企業、三大財閥金並グループの最高責任者である金並在我が和恵果樹園附属学園に面会に来ていた。
「ようこそ、いらしてくれました。そちらにおかけなさってください」
「そんな固くならないでいいのですよ、これから生徒の父と先生という、いたって対等な関係になるのだから」
先ほど受けた入学試験に在吾が合格したかどうかは発表されていない。想定通り今回の来訪は裏口入学の打診ということだろう。そして、それを暗に示してくるこの言葉は彼にとってジャブということか。
「なるほど、わかりました。さて、今日はいかようなご用件で?もしかして、研究の寄附金を納めて頂けるのでしょうか?」
「いいんですよ、貴方はそこまで愚頓ではないでしょう。私の見込み違いなら申し訳ないですが」
流石、海千山千の経営者である。腹の中を読むことは長けているということだろうか。自分は阿呆だから気が付かなかったと言うことは容易いことだろう。だがしかし、相手は”選ぶ側”なのだ。金並グループの御曹司がこの学校を選んでくれることは多大な恩恵を受けることに繋がるだろう。つまり、この質問は気付いているのか否かの問いである。
気付かない人は知らないうちに見限られるのだ。
「わかりました。しかし、自分はそのような綱渡りをすることは極力避けたいですな」
「フム…………決心はついているのだから早くしなさい。冗長な話は嫌いです。今、左足で二回地を叩いた。それが、後ろに控えた女教師に点数表リストを取りに行かせる合図だったんでしょう?」
「いやはや、流石ですな…」
驚くべき観察眼を目の当たりにした校長は少したじろぐ。落ち着きのない校長に対して、在我はその心の揺らぎさえも許さないような力強い双眸で見据える。この場にいる二人は世に出てはならない秘密の共有者になるのだ。そのパートナーとなるに相応しい相手なのかを考えるのは当然だ。それを理解した校長は居住まいを正して咳払いとともに話を再開する。
「これがリストです、同幼稚園だった他四人の点数も載せています」
その言葉を受けた在我はリストに目を通した。
「ちょっと待った、採点間違いはあり得るのか?」
「いえ、三重に採点をしておりますので間違いはないはずです」
「…………映像は残っているのだろう?」
「残っていますが見たいのですかな……?」
無言で頷いた在我は有無を言わさない貫禄を放っていた。彼は弱みを見逃さない。
◇
「みんなできたー?」
「ばっちりだよ!」
終わった後、いつも集まるプリン山公園で最初に声かけたのは脚手。その顔には笑顔が浮かんでいることから、当人には多少の自信があるのだろう。
蚊火加も聞かれた言葉に自信を持って答えた。元々勉強していた蚊火加には受かるのは容易かったのだろうか。
「むずかしくなかった!?みんな解けちゃったの……?」
「たぶん、なんとかなるよー」
周りを気にしているのは羅利琉。声色が震えていることから余り解けなかったようだ。
その点在吾は楽観的である。
「ボクは練習したことがいっぱい出たから大丈夫!」
躊破は山勘がとても当たったらしい。流石主人公というべきだろうか。
「さあ、みんなで答え合わせしよー!」
◇
在我は点数表を見てにやけそうになっていることを自覚していた。自分が思っていた以上に望むらくモノであったからだ。しかしそれを表に出さず、ひっそりと噛み締める。ポーカーフェイスは基本中の基本であるのだ。目の前の校長は知る所ではない。
「用意できました、流してもよろしいですかな?」
「ああ、頼む」
目の前でモニターとプロジェクターを用意し終えた校長は在吾の受験時の映像を流した。口調まで変えて圧をかけた効果が出てるのだろうか、校長の素直さに対して在我は鷹揚に構えている。
「いかがでしょうか?何も問題ありません」
「いや、違う。そこをピックアップするのではなくて“烏田蚊火加”という人物を映してくれ」
◇
「そっかー、このグループ分けってそういうことだったんだぁ」
「さすがチューくんだね!」
「よく見つけたね!」
「ありがとう、キャッチー、かーちゃん」
「悔しいけどアルと一緒で解けなかったわ……」
躊破達は皆んなで答え合わせをしていた。分からないところがあれば教えあっている。仲睦まじい光景である。
「かー君はどうだったの?」
「え?僕は問題文すら見つけれなかったからなー、負けたよ。皆よく見つけたね!」
蚊火加の返答に皆んなは首を傾げた。その後ろで、今日の当番である蚊火加の母親、亜啞鵶は落胆した。
◇
「これはどうしたものか……」
思わず校長は唸っていた。蚊火加の点数が“2点”であることにではない。
「これは、いかがいたしましょうかな?」
在我はすっとぼけている。校長はこのミスを発見した在我の言葉に睨みを返す。
「おやおや、睨んだ所で事実が変化することはございませんよ」
知らんぷりで放たれた言葉に憤怒の形相に化わるのを抑えることで精一杯な校長は自らの圧倒的な不利を悟っていた。
「まさか蚊火加君の問題用紙が白紙だったなんて!国が主導するテストで平等な選別が行われていないのはいかがなものなんでしょうか!あゝこの事実を許して良いのでしょうか!」
荘重な雰囲気から一転して、喜悦を前面に出した軽快な笑顔を私に見せている。まるで舞台演劇の主演俳優が起こす独壇場を見させられているようだ。狐と言うより、多重人格だろう。
しかし、本当に不味いことになったと校長は考える。今までの裏口入学はする側もされる側も悪いと世論は動く。だが、試験の根本、いわゆる「平等な選別」を揺るがすような話はそれよりも重くのしかかる。今回の白紙の件がそれだ。件の場合、明らかに学校側が一方的に悪者である。
つまり、秘密の共有者から弱みを握る・握られる関係に変わってしまうのだ。
また、烏田蚊火加がどうして2点をもぎ取れたのかは謎のままであった。




