第6歳 -9月-(3)
躊破の殺害命令が下ってから20日目。殺害期間残り1日となった真は内心焦っていた。それもそのはず、綿密に計画を作る余裕がないからである。
今までの轢殺未遂、毒殺未遂はそれぞれ10日もかけて決められたものである。全ては、因を誰が見ても納得できる形にするため。
例えば轢殺未遂の方で考えよう。躊破の行動範囲、活動時間を調べ上げ、依頼者の権力を使って、潰れそうな運営会社を買収。ざっと挙げるだけでこれだけのことを短時間で行っている。真は優秀な暗殺者といえるだろう。それに5歳にして対抗した躊破は恐るべきだ。
このことを真は正しく理解する。今まで培った経験、技能、精神。それらを総動員して、躊破暗殺という任務に当たらないとならないと考えていた。
決行は今日の16時だ。これは経験に基づいた勘による賭けだ。この期間、龍凰院家を見てきた賭けだ。何時かは分からないが、今夜までには両親は帰ってくるだろう。両親が帰ってくる前に早いとこ殺めなければならない。だが今すぐに突っ込むのは愚策である。殺めるために万全な用意が必要だ。時間があるだけ様々な状況に対応でき、成功の確率も上がっていく。
つまり、この状況はチキンレースということである。躊破を倒せないリスクをとるか、両親が帰宅するリスクをとるか。そのリスク指数の交点が4時だと自分の勘が囁いている。今すぐにでも帰ってきてしまうかもしれないという不安になる本心を抑え、真は一世の大勝負の用意を迅速に開始した。
そして用意を終えた真は躊破の家に侵入する。ある程度の豪邸であることから龍凰院の財力が伺い知れる。それなら、ボディーガード等を雇えばいいのに......と真は考えていた。
そして更に奥に進むにつれて違和感が募っていく。鍵がピッキングしやすい。確かに刷夫が1回侵入した。だから鍵を変えるのは当然である、が。
鍵には大きく分けて三種類ある。その中で、ピッキングのダミーがないものに変わっている。つまり、ピッキングの難度が下がっているのだ。明らかにおかしいことである。まるで家に招きこまれているように感じた。
しかし、前に進むことしか許されないのだ。躊破クンを手にかけて依頼者に達成を申告して暗殺業の引退、そして隠居生活を送る。理想を心に秘めて恐れる気持ちを塗りつぶす。
精神統一の術を持っているだけでよほどの場数慣れを踏んでいることが分かる。
だが故に、多少の違和感があっても進む。少しの難局があってもどうにでも出来るという驕りがあったかもしれない。だから、真は自分の過ちに気づかない。
廊下に面した部屋を確認したが躊破はいない。様々な部屋を確認しながら抜けるとそこには大きな居間があった。
すると、そこには監視カメラがあった。
ここで真は違和感の正体に気付いた。
家の中にある監視カメラがあることは通常おかしいことなのだが、龍凰院家にとっては当然のことである。件の泥棒はそのカメラが証拠となって捕まった。だからこそ、監視カメラがそこに存在していることが違和感の元凶ではない。
真の元凶は赤い光がついてることである。
監視カメラの赤い光はレコーディング中ということを表している訳ではない。ここから赤外線を出して、暗闇を見えるようにするためである。なので、躊破が明りを点けっぱなしにして出て行った部屋で今、赤い光が点滅しているのはおかしいのだ。赤い光が常時点滅するのは偽物である証拠。
ということは、この事実が指し示すことは────
ここまで思考して身体に悪寒が奔る。
「あらあら、貴女は優秀なようね」
そこには二人の男女が立っていた。そこで計画の破綻を理解する。暗殺というのは失敗だ。そして、即殲滅戦に移行する。
「ところで、この毒を家に入れたのは君かい?」
目の前の男は液体が入った瓶を片手に不適に笑う。
そこで真は理解する。自分はあくまで彼等の手の平の上であったのだと。戦闘態勢に入った自分を歯牙にもかけないことからも分かる。
「どこからそれを?」
「君が送ってくれてたじゃないか!」
なるほど。目の前の彼がハッタリをかましている訳ではないと真は考える。しかし毒は室内ですぐに気化したはずである。それを今、再び液体状態に戻すことは有り得るのだろうか?真は信じられない。
「信じられないようね。フフッ、何と言ったら信じてくれるかしら……?この名前なんてどうかしら、”テトラアンミンペルオキシド”」
これは毒の名前である。自分が用意した、自分だけが知っている毒の名前だ。これには真は動揺する。
現代社会でも毒の特定というのは難しい。自然毒の特定でさえ難航してしまうのだ。ましてや人工の毒の特定はこんな短期間にすむわけない。そのうえ、全く流通してない未知の毒として選んだはずだったのだ。それなのにこうもやすやすと……。真は絶句する他なかった。
「いやはや、本当にびっくりしたよ!君は相当優秀なんだね~!」
本心で思っていないことは明白だった。だがしかし、余りにも堂々とした仕草は容姿も相まってとても似付かわしい。
「新しい毒を使ったり、運送会社を買収したり......報酬をなるべく増やす為に人を殺す人とは違うみたいだ」
「ねえ、あなた。喋り過ぎなんじゃないの?今から死んでもらうのは当然としても、油断するのはよくないわよ」
「これは失敬、パートナーに怒られてしまったよ」
男性は無邪気な笑みを浮かべながら殺気を浮かべてくる。人を殺すことには慣れてる人のソレであった。
そして、この場で殺そうとしてくるだろう。その為に偽物のカメラにすり替えたのだ。“他の人がする殺人”を防ぐのではなく、“自分がする殺人”を隠蔽する為に。
「それで、出自を知りたいんだ」
「俺の...?」
今から臨戦体制に入ろうとしていた真は思わず素で返してしまう
「言い方が悪かったね、君の出自は理解してるさ。寺院に生まれ、殺生の内、五逆を────」
「やめろ!」
真は本心では理解している。自分の脊髄まで見透かしてそうな相手に勝てる道理などないと。だがしかし、真は全身全霊をかけて愛用の懐刀を投擲する。積年の別れによる躊躇を打破していた。
「流石だ。表面では激昂しながらも自分が助かる道を模索している」
男がコートをはためかせて飛んできた刀を弾く。
「刀を弾いた油断時に刺さるような攻撃で相手を倒す可能性を見出してたり、とかね」
そのまま無駄のない動きで真がナイフに隠して放った跳弾をも弾く。
「でもね、私達は二人なんだよ」
真はそこで気付く。退路が断たれていることに。後ろには女がいつのまにか立っている。そして男が距離を詰めて蹴りを入れる。
何が正解だったのか。
真は勘える。愛刀を投げずに即逃げるべきだったのだろうか?背をみせて逃げるべきだったのだろうか?無理せず依頼失敗を報告するべきだったのか?そのまま外国に逃げるべきだった?依頼を受けるべきではなかったのだろうか?断ることをちゃんと検討するべきだったのか?暗殺者になるべきではなかったのだろうか?暗殺というアンダーグラウンドに身を落とすべきではなかった?罪のない人を殺すことなく野垂れ死ぬことが正解だった?母親が騙されてるのを指を咥えて見てたらよかったのか?神に縋って自分の死を受け入れたらよかったのか?父親を殺した母親を許すことができたらよかったのだろうか?
現在の命を初めて諦め、どうしようもない過去の願望に思いを逃がしていた真は、未だ死んでない自分に気付いた。
視界に意識を戻すとそこには幼い男児が立っていた。
まだ成長期も迎えていない男の子はしかし、小さな足でしっかりと自立している。爛々とした双眸は未来に期待を見ているような。この一か月で殺そうとしてきた子供は、自分のことを恐れることなく、むしろ自分全てを受け入れているようにツカツカと歩いてきていた。
いつのまにか座り込んでいた真の前で目線をそらさず躊破は言う。笑顔で躊破は言い放つ。
「君を一人にはしないさ」
真は汚れた過去さえも受け入れてくれる躊破に仏を重ねていた。
◆
男は失敗を自覚していた。
跳弾を弾いた所までよかったのだが、弾いた先が悪かった。跳弾はそのまま通路の方へ吸い込まれていったのだ。躊破にはどんなことがあっても当たらないことを把握していたが、考えられる中では最悪の方向である。なぜならば────
「パパ、ママ、何してるの?」
当たる可能性がないことを過信して、音が出る影響を失念していた。目の前の可愛い息子を見ながら千疾は反省する。
暁美はジト目で千疾を見て、ため息をついた。
躊破は物音を聞いて走ってきたのだろう。好奇心旺盛な彼はドアも閉めずにここまで来たのだろうと千疾は推測する。事実、躊破が見ていた最近のマイブームTVchの少女アニメ『魔法少女田中梅子』の音が微かに聞こえている。
躊破は状況を見て考える。跪く人にそれを取り囲む二人。テレビで見たまんまの構図である。その時は確か、真ん中で跪いてる人が虐められてた、と躊破は思い出す。それならば、かける言葉は決まっている。
「千夏ちゃん、独牙くん、イジメはダメだよ?」
「イジメじゃないわよ!…………もう、冷めちゃったわ、行きましょ!独牙君!」
躊破はいつも通りTVそのままのセリフを受け売りで言った。そして、暁美がイジメっ子役になりきる。第三者が見ればおままごとの最中と勘違いするだろう。──その場で蹲るナイフを抱えた男がいなければの話だが。
ノリノリの暁美に千疾は溜息を返した。テンションの急転が激しすぎる。真に脅しをかけたと思えば、躊破と一緒によく見てるという少女アニメのキャラになりきっている。完全に暗殺者の拷問という作戦は失敗であるというのに。
この事件の裏には依頼者の影があることは分かっていた。しかし、千疾をもってしてもその情報を得ることは叶わなかった。それを危惧した千疾が今回の計画を立案したのだ。影武者を使って暗殺者を騙し、直接尋問をするという計画。それが破綻した今、目の前の暗殺者は生かしている必要もなくなり、ただの危険人物に成り下がったのだ。
千疾は逡巡する。確かにまだ六歳弱の子供に暗殺者を任せるのはナチュラルに考えて頭がおかしい。だがしかし、龍凰院家に伝わる呪いを受けただろう躊破なら自分の策よりもより劇的な結果を迎えるようだろう。それがプラスに働くか、マイナスに働くかは分からない。しかし、それが面白いものになるのは確実だろう。人生は一度きり。息子に楽しい人生を送って欲しいと願うのは親のエゴだろうか?それによって周りの人達が悲劇的な事に巻き込まれていったとしても、その人の幸せも平等に考えなければならないだろうか?いや、そんなことはない。なぜなら、我が子は世界一可愛いのだから。
なんだかんだで千疾は親バカなのである。そして、千疾は決まったセリフを言って部屋から退場する。
「くっそー!覚えてろよー!」
さて、部屋に残ったのは躊破と真。ヒロイン役の泣き崩れる真に向かって歩き出す躊破。
「大丈夫かい?」
優しく声をかける爽やかイケメン系の躊破。身長は120cm。
その声に気付くことはなく、ヒロインは顔を上げない。余りにも、辛かったのだろう。耳に届いていない。その時はどうするのか?答えはTVから聞いたのだ。
アニメと同じような歩き方でツカツカと近づく躊破。
「君を一人にはしないさ」
必要なのは心に寄り添う言葉。そして、全てを受け入れる笑顔。その言葉は真に届き、真は躊破の方を向いた。顔を見れば涙を流してはいなかった。つまり、泣き止んだということだろうと躊破は判断した。ならば次に来るのは心ばかりの感謝の気持ちで────
──ではなくて、礼拝であった。丁寧な合掌に加えて軽くお辞儀するその行為は元来神に向けられるモノである。そんなことは露知らず、躊破は鷹揚と同じように手を合わす。その仕草は真がいつも見ていた、信仰対象であった仏像のソレであったのだった。
後世ではこの年、2011年3月7日は『躊破教創始』として知られている。 ‘とおい世みな知る躊破教 ’ だ。勿論、最初の改宗者は真である。




