強運か悪運か 3
「お姉さまがご結婚・・・?」
光あふれる侯爵家の洗練された居間で、淡い光に包まれた麗しの侯爵夫人が僅かに首を傾げる。怪訝そうな、こちらを慮るような表情は先ほどまで見せなかったのに。
今でも姉の婚約者を奪ったと考えているこの妹は、奪った相手の前では常に幸福そうに振舞う。どれほど罪悪感があろうとも決して見せないこと、常に幸福であると示すこと。それこそが唯一の贖罪だと心得ているかのように。だからこそ、今の反応は違和感を呼び起こす。
姉の幸福を願ってやまない妹に、警戒心を起こさせるような何か、をつかんでいる。そう結論づけるのはさほど見当違いではない。
「そう。そろそろ我が家の跡取りも考えないと」
「・・・・・・もうお相手はお決まりなのですか」
「まだよ」
アマンダの返事を受けながら、ヴィアンカは、伯爵家の状況と父のことを考える。後継問題は、当主である父の意向が最も重要。案外家族を大切にする父は、姉の感情を無視するような縁談を組むとは思えない。というより、シュタイナー伯爵家は、実のところ政略結婚の必要などない。だけど―――。
社交界に出て、既に5年。アマンダの見込み通り、立派な侯爵夫人として成長したヴィアンカとしては、なぜ、セルマンとアマンダの婚約が結ばれたのか、どうしても腑に落ちなかった。そして、婚約者が変わった時の対応も。
一度そういうことがあったのなら、ひょっとしたら、今後そんな違和感のある行動をとることは無い、とは断言できないのだ。
シュタイナー伯爵とロンサール侯爵家が過去に取引し、その対価がすで贖われたことを知らないヴィアンカは、当然そう考えた。そして、姉が不利益を被ることが無いように、忙しく頭を回転させる。
才能に恵まれ、気品あふれる姉。優しく、寛大で、どんな困難でも自分で乗り越える力のある、尊敬してやまない大切な姉。ヴィアンカは、いつでも姉の幸福のためなら、どんなことでもするつもりだった。たとえ、それが夫や父の意向にそぐわなくても。だけど、もし、それが姉を傷つけることになってしまったら――――。そう思うと、心が怯んだが、すぐに考えを改める。
それでも、この姉は、事実から目を背けることを善しとはしないだろう。それこそが、敬愛する姉の姿なのだから。
以前、そうだったように。
アマンダは、当然のことながら情報通だ。だけど、それは事業に係ることが大半を占める。今回のような場合は、また情報の種類が異なるのだ。そして、社交界で高い実力と地位を誇るヴィアンカの元には、様々な噂が舞い込んでくる。それこそ、現在、過去を問わずに。
その中から、気になっていた一つの噂を話すべく、慎重に口を開いた。
「お姉さまのお相手は、ラドクリフ様ではないかというのが、皆様のご意見ですけど」
「まさか。これから選定よ。それに――――」
アマンダは、意味ありげに言葉を切る。
「お父さまは、養子でもいいと仰っていたわ」
「養子?」
「そう。だけど――――」
言葉を切ったアマンダに、ヴィアンカは、若干の不安を抱いた。この姉は、自分たちの子供を養子に、などと言い出しかねない。いや、無論姉の希望とあれば、ヴィアンカに拒否する問う選択肢はあり得ない。だけど、それにしても!
父は、何故そんなことを言ったのか!今度会ったら、文句を言ってやらねば――――!
そう、思いつめた時。
「私は、せっかくだから、自分の子供を育ててみたいと思っているのよ」
「まあ・・・・・!なんて素敵なんでしょう!でしたら、お姉さま。わたくし、何でも協力しますわ!」
思ってもみなかった言葉に、一瞬にして、喜びが湧き上る。
その後、瞳を輝かせて、己のことのように喜ぶヴィアンカを宥めながらの会話は、アマンダに十分満足のいく結果を齎した。




