あなたと合理的なロマンスを 過去の陰影 1
仕事が気になって、王都から研究所へとんぼ返りしたアマンダは、その甲斐あって、早速翌朝蒸気機関車の実用化の目途が立ったと報告を受け、朝食も摂らずに駆けつけた。それからは怒濤の日々が続き、伯爵領の領都から隣領の領都まで、蒸気機関車を走らせることに成功した。
本来王都を中心に計画するべき交通網を伯爵領が先んじられたのは、王都近郊では既に馬車鉄道が普及していたため、重量も規格も桁違いの蒸気機関車にすぐに対応できなかったせいだ。また、排気や燃料確保という諸事情も絡んでいて、色々な意味で密集地域である王都周辺での実験が厳しかったという事情もある。
ともあれ、わずか数十キロの距離ではあるが、確実に物流事業、ひいては経済界に革命を引き起こす交通機関が、一貴族の事業として誕生したのだった。
殺人的な超緊密スケジュールを熟し、開通式を開催した祝宴の夜会で、アマンダは大勢の青年に囲まれていた。本来、彼女の傍にはエスコート役のオスカーがいるのが常であったが、今回ばかりは彼も令嬢方の攻勢を受けていた。
今まで二人は年齢もさることながら、仕事とはいえかなり親密な関係を築いてきたため、婚約間近と目されてきた。両家が蒸気機関車に心血を注いでいることは知られていたが、いかんせん莫大な資金がかかり、結果によっては、如何にシュタイナー伯爵家と言えども危ないのではないか、と囁かれてもいたせいで、なかなか積極的に出る家は無かった。それが、今回の成功は間違いなく両家に多大な利益と名声をを齎した。
誰もがこのタイミングでの婚約発表を予想していたが、情報に敏感な富裕層は、どうやってかそれは無いと嗅ぎつけたらしい。二人は入場すると同時に我先にと殺到する招待客に囲まれ、その後は令息、令嬢に引き離されてしまった、というわけである。
宴も終盤近くになり、風にあたろうとテラスから庭園を眺めていると、後ろから声がかけられた。
「夜風は身体によくありませんよ」
「まあ。ご心配いただきありがとうございます。少し熱気に充てられてしまったようなので」
「奨められるままにグラスを受けるのは、感心しませんね」
アマンダは、少し意外そうに目を瞠った。
王国でも屈指の資産家の後継であるアマンダを篭絡しようと試みる者は、実は意外に多い。彼らはこういった夜会で親し気に近づき、親切そうに飲み物を奨めてくるが、それはアルコール度数の高い飲みやすいカクテルが定番だ。軽く酔わせて警戒心を削ぎ、うまく二人で会う約束を取り付ける、あわよくば、物陰でキスの一つでもできれば、それを口実に親密な関係に持ち込める、という算段なのだ。よくある、❝あの時僕は本気だったのに、貴女は軽い気持ちだったのか❞というやつだ。
おかしなことに、この言葉は女性が言うと警戒心がないうえに、もののわかっていないしつこい女と悪評が立つが、男性が言えば男を弄ぶ悪女と悪評が立つ。つまり、どっちに転んでも女性は不利にしかならないという、何とも理不尽極まりない話だが、それが世間の風潮なのだから仕方がない。
ところが、アマンダはまた違った意見を持っていた。つまるところ、自分の限界を知れば、理性的な判断のうちに対処できる。おまけに、試してみてわかったことは、実は彼女は酒豪だった。辿り着いた結論は、挑戦は受けて立つが、相手にもそれなりの代償をというもの。
具体的には、奨められた以上の高いアルコールを相手に奨めて、お先にどうぞ、とやるのだ。レディにそう言われれば、断るのは紳士の恥とされている以上、彼らは受けるしかない。おまけに、男性相手に飲み干すことを求めてもさほど咎められないが、女性は半分でも十分という社交界にありがちな、レディに優しいルールがある。よって、今夜も酔っぱらいを量産したアマンダだが、本人はさほどのダメージを受けていなかった。
声をかけてきたのは、アドラム男爵。万事卒のない彼は、この夜会でも社交に勤しみいくつかの成果を上げていたはず。あまり係わりのないアマンダに注意を向けていたとは思わなかった。




