あなたと合理的なロマンスを 愛の結実、騒動の幕開け
アマンダが身を引いて5年後のお話です。
ヴィアンカ23歳、アマンダ25歳。
結婚や出産年齢に関して、不快な表現があると思いますが、時代を考慮するとどうしてもこうなってしまい、話の進行上、ある程度は必要なことと思われますので、緩い目で見ていただけたら、と思っております。
何しろ、100年以上前が舞台なので。
どうしても許容できない方は、申し訳ありませんが、そっと閉じてくださるようにお願いします。
婚約から2年。結婚から3年。
実に5年の月日をかけて、漸くロンサール侯爵家に明るい未来が訪れた。薬の影響で、暫く子供が望めないだろうと言われていた妻が、とうとう身籠ったのだ。
出産予定は来春。その朗報は、当然のごとく実家のシュタイナー伯爵家に届き、当主である父から娘へと告げられた。
蒸気機関の研究が山場とあって、この一月ずっと研究所近くに滞在していた彼女は、突然の帰還命令にしぶしぶ従い、用件を聞いて絶句し、そのまま心ここに在らずとばかりに呆然としている。大抵のことには動じない、他の令嬢方とは違う感覚の持ち主であるアマンダの反応に、伯爵は少しばかり動揺した。
何しろこれからする話は、今以上に娘の感情を揺さぶること間違いなしであるうえ、先延ばしにもできない厄介な問題なのだ。軽く咳払いをして、さりげなく話を続けた。
「君は今年25歳になる。そろそろ後継のことをはっきりさせる時期でもある」
父親の言葉に、アマンダははっと我に返った。
大切な妹の恋が成就し、とうとうその愛が結実した。その結果を受けた時、自分は何を思うのか――――――?
いけない。決して予想していなかったわけではないが、自分の心の反応があまりにも想定外だったため、呆然自失としてしまった。我ながら、なんて・・・・・・。そこまで考えて、切り替えるように軽く頭を振り、口に出してはこう言った。
「お父さまは、私に何をお望みですか」
「それは僕が訊きたい。選択肢は、養子をとるか君が産むかの二択だ」
「ずいぶんはっきり言いますね」
「初めからそういう約束だ」
普通ならば、何人か候補を挙げて結婚しろというのが定石だが、規格外な父親は、そこには拘らないらしい。それならば、とアマンダは確認をする。
「私が産んでもいいのですね」
「もちろんそれが一番だが、後継者教育のことを考えると、さほど時間があるとは言えない。第一、一人でどうにかできるものでもないだろう」
「それから、わかっているとは思うが、体裁は整えること。それが条件だ」
つまり、嫡出の身分を整えろと、平たく言えば自分が産む気なら結婚しろ、と言いたいらしい。
「まあ、お父さまったら。いくら私でも、そのくらい弁えていますわよ。ちなみに、お相手の選定は済んでいますの?」
「釣書きには事欠かないが、そこから選ぶのか?」
「何か問題が?」
「・・・・・・好きにするといい。後でオフィスに届けさせよう」
父の執務室を辞したアマンダは、歩きながら考える。
まずは、ヴィアンカにお祝いを。侯爵家を訪れる時は貴族の礼儀として、いつも一週間前には先ぶれを出していたが、親しい間柄ならもっと短くても十分。だから、もういいだろう。明後日の訪問予定を召使に言づけた。
久しぶりに両親と晩餐を済ませ、湯あみをして旅の疲れを癒した。何しろ、研究所とこの家は馬車で半日がかりなのだ。後のことはオスカーがうまく采配してくれるとはいえ、そう何日も開けられない。明日は妹への贈り物を手配、明後日は侯爵家を訪問して、夕方にはとんぼ返りだ。
ふと、鏡に映る自分の姿が目に入った。貴族令嬢にあるまじき、肩につく程度の長さしかない短い髪。本格的に事業に携わって以来、仕事に係る場面ではほぼパンツスタイルで過ごしていることもあって、中にはアマンダ本人ではなく、男性代理人と思っている者も多い。
工業系の事業では、女性というだけで現場で拒絶されることも多い。髪を切り、男性紛いの服に身を包み、誤解を招く自己紹介をするアマンダに、共同事業主であるオスカーは、呆れた目を向けこそすれ、決して邪魔をするようなことはしなかった。特に気負うことなく、実業家として当たり前の行動をし、公の場でエスコートさえ務めてくれる。おまけに彼は、アマンダの事情を熟知していて、時にさりげなく助言さえしてくれる、実に得難いパートナーだった。
でも、あれから5年。当たり前だが年の減っていく人間などいるはずもなく、アマンダは25歳、世間的には立派な嫁き遅れとなった。そろそろ出産自体が危険水域に入る。加えて事業の継承、後継者教育とくれば父の言い分も最もだ。
だけど、とアマンダは思う。
「結婚して出産が一番無難ではあるけれど、別に一生添い遂げる必要はないし」
「そもそもそれだけが体裁を整える手段とも限らないのよね」
――――――望んだ相手と結婚できるわけでもないし、ね――――――。
誰にともなくそう呟くと、言葉とは裏腹に、愉しそうに微笑んだ。




