シュタイナー伯爵 エピローグ
いよいよ、シュタイナー伯爵編最終回です!
諸々の区切りをつけ、未来予想を描けるくらいには、と思ったら、ちょっと長くなってしまいました。
でも、やっぱり副題はエピローグだよね、これ。作者的にはそう考えております。
異論のある方、いろいろ参考にしたいので、ぜひご意見をお願いいたします!
王国一格式の高い大聖堂の鐘が、晴れた空に高らかに響き渡る。結婚式には、いくつかのクライマックスがあるが、荘厳なその響きは、今まさに婚姻誓約書にサインが入り、新たな夫婦が誕生したことを告げていた。
鐘の音が鳴りやまない中新郎新婦が階に現れる。階下に向かってブーケを投げて、それを受け止めた幸運な令嬢が、新婚夫婦と共に祝福に包まれる――――参列者のほとんどが、沿道に集まって歓声を上げている民衆の誰もが、そう思っていた。
バサリ。
音を立てて、花嫁が投げたブーケが落ちるまでは。
誰もが欲しがるはずの、幸せの象徴である花束は、この結婚が忌避されている証のように、重たげな音と共に地に落ちた。そのまま、新婚夫婦のために開けられた道の途中で、誰からも顧みられず打ち捨てられている。
沿道の民衆が何も気づかず、ひときわ大きな祝福の声をあげるのとは対照的に、参列者の間に不穏な沈黙が流れる。
花嫁と花婿は、何事もなかったように微笑みを浮かべたまま、数段階段を降りたところで、ピタリ、と足を止め、前方を凝視した。花嫁が、信じられないものを見たかのように驚愕に目をみひらき、その表情が瞬く間に歓びに変わった。
花嫁の姉である伯爵令嬢アマンダは、二年ほど前から事業を一部引き継いだせいで多忙を極め、妹の結婚式に参列しないのでは、と言われていた。下世話な噂は、以前の事件や婚約者の変更を理由に、姉妹の不仲まで発展し、社交界一の貴公子の婚約者に納まった妹に、密やかな悪意が向けられていた。
ところが今、その渦中の女性は、普段着というには仰々しく、礼装というには砕けた装いで現れた。その姿は、多忙な中、急いで駆けつけたように人々の目に映り、姉妹不仲説を払拭するのに十分だった。
珍しい意匠のドレスだ。光沢のあるベージュブラウンの生地に施された、複雑な文様が動くたびに浮かび上がり、襟元と裾にふんだんにあしらわれたくすんだ色味の精緻なレースが、漣のように揺らめく。短めの髪。頭に載せた小さな帽子から、ドレープを形作りながら右頬に垂れるネットレースが、微妙に顔を隠していた。
「間に合ってよかったわ」
その場の注目を独り占めした彼女は、誰にともなくそう告げると、まっすぐブーケに近づき長身を屈め、優雅な動作で拾い上げた。大切そうに抱えると、近づいてきた花嫁に歩み寄る。
「お姉さま。来てくださ」
「このブーケは、わたくしのものね」
花嫁の言葉を強引に遮り、優しく微笑んで花嫁に問いかけると、居並ぶ列席者、特に一人の令嬢を目にとめて言葉を続けた。
「皆様もご存じだったから、わたくしに譲ってくださったのでしょう?」
花嫁の姉は、言葉も口調も優し気で上品に微笑んでいたけれど、見つめられた令嬢は、途端にそわそわしだした。
「パウエル侯爵令嬢、貴女のおかげね?お礼を言うわ、ありがとう」
「ま、まあ。とんでもないですわ。間に合って、何よりですこと」
お礼という名の糾弾を受けながらも、なんとか笑顔を保った令嬢は、立場を挽回するべく声を張り上げた。
「わたくしたち皆、謹んでお二人の門出をお祝いさせていただきますわ!」
その声ともに、大きな拍手と歓声が湧き起こり、沿道に集まった民衆も呼応して、漸く通常の結婚式、いや、それ以上の大歓声に包まれて、新郎新婦は退場していった。
「いやあ。立派な式でしたねえ。流石は国一番のお貴族様だ」
参列者に交じらずその場に残ったアマンダに、一人の記者が話しかけた。
高位貴族の結婚は、常に王都の民衆の関心の的だ。彼らは、その様子を記事にして、夢のような豪華なドレスや花嫁の美しさを詳細に、時には面白おかしく書き立てる。今回のブーケが落ちたことなど、格好のゴシップの的になる。
「そのブーケ、豪華で素晴らしいのに、誰も欲しがらないなんて、勿体ない」
「・・・・・王都では、ゴシップ記者が路地裏でビラ配りをすることもあるそうね」
記者の差し出した名刺が、目に入る。
主な出版社には、父が手を廻しているはず。令嬢同士の諍いに介入するほど無粋ではないが、娘が貶められるを、黙って見ている人でもない。明日の新聞が、幸福な花嫁の記事で埋め尽くされなければ、誰かが馘首されること請け合いだ。何しろ、そのくらいの対価は払っている。
「前身が有名新聞社の出身、ということもあるかもしれないわね」
アマンダは、とびきり優雅に微笑んで、さりげなく注意を喚起したが、帰ってきた反応は、意外にも、楽し気な自己アピールだった。
「おっと。僕の得意分野は社交欄じゃなくて、経済、それも工業部門ですよ」
アマンダは無言のまま、記者にその先を促す。
「貴女に会えと言ったのは、伯爵様です」
男は、さり気なく告げると、アマンダにどこか人好きのする笑顔を向けた。
「記者は情報と早さが命です。我々は、有益なお付き合いができる。そうは思いませんか」
「そろそろ時間じゃないのか」
記者が離れて行ったあと、オスカーが声をかけてくる。彼は、ここ数週間アマンダに付き合わされ、今夜の結婚披露パーティーでも彼女をエスコートする予定だった。着替えなければ、正式な夜会には出席できない。
ところが、アマンダはそっけなく答えた。
「出ないわ」
「へえ?なんでまた急に」
「さっきの二人。見たでしょう?」
誰も受けなかったブーケ。大変な屈辱のはずなのに、笑顔のまま平然と、一瞬たりとも歩みを止めなかった花嫁と、心配する素振りさえ見せなかった花婿。
それは、もう彼女が、アマンダが守らなければならないか弱い小さな妹ではない、ということを意味していた。それと同時に、二人がお互いに信頼し、支え合っていける関係を築いていることの証左に他ならない。
つまり、私はもう、必要ない――――――。
胸に拡がる安堵と共に、心の痛みを自覚する。
「これ以上は、野暮というものよ。それに」
妹の残したブーケに顔を埋めて、深く香りを吸い込む。
花嫁のブーケ。幸福の象徴。
十分堪能すると、顔を上げる。
「とりあえず、今はそれどころじゃない――――そうでしょう?」
そう言うと、気づかわしげなオスカーに、先ほどの記者の名刺を手渡す。
「お父さまからよ。工業が専門分野ですって」
「ははあ・・・。さすがシュタイナー伯爵。転んでもタダでは起きない」
「だけど、あ~・・・。確かにそれどころじゃアないな」
全く人使いが荒いったら、と誰にともなくぼやくオスカーを見て、アマンダは、そっと息を吐きだす。
どんな無理難題でも、ぶつぶつ言いながら熟していく、頼もしいけれど、決して品行方正とは言い難いパートナー。今回のことも、実は、彼に遠因があるのはわかっている。だけど、今は、この中途半端な距離感が心地よい。
だから、そう、できる限り長くこのままで――――。
人気のなくなった大聖堂を見上げながら、アマンダは、誰にともなく、ひっそりと心の中で願ったのだった。
長々と書いてきましたが、漸く伏線も回収できて、一応これで完結です。
本編がプロローグで、伯爵編が本編、姉妹編は番外編、みたいな感じになってしまいました。
この後、数年後のアマンダのロマンス(?)の構想があるのですが、何しろクセモノなので、あまりまともなロマンスになりそうもなくて・・・。
題名だけ ❝貴方と合理的なロマンスを❞ と決めております。
そのうちUPするかもしれないので、まだ 完結 にはしない予定です。
長々とお付き合いいただいて、ありがとうございました!
ぜひ、ご意見ご感想をお願します <m(__)m>




