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オスカーが、アマンダと知り合ったのは、学院高等部2回生の時だ。
アマンダは入学当初から、かのロンサール次期侯爵の婚約者として有名で、噂にたがわず優秀な彼女は、中等部の生徒会執行部に1回生の時から在籍していた。
学院の創立祭準備期間に、大きな商会を持つラドクリフ子爵家の助力が欲しいとして、面会を申し込まれたのが切っ掛けだった。
そして、その面会の最後に、個人的な頼みごとを、軽い気持ちで引き受けた。妙なことを考える令嬢だなというのと、あの❝鉄壁男❞の異名を持つ次期侯爵が、と意外だったのを憶えている。
何か引っかかったら、やめておけ、というのが家訓だったが、貴族とはいえ所詮商家あがりで、上位貴族との繋がりを欲していたラドクリフ家にとって、シュタイナー伯爵家との縁は見逃せなかった。
たとえそれが、
婚約者となかなか二人だけで会えないから、子爵家が所有する王都の空き家を、貸してほしい。
いつになるかはわからないが、一週間前には連絡を入れる。
おそらく午後からになるので、当日侍女が鍵を借りに行く。
当日お礼がしたいので、夕方に件の空き家まで、護衛を数人連れて、オスカー本人に来てほしい。
いろいろ驚かせたいので、決して誰にも言わないでもらいたい。
という、とんでもなくおかしな頼み事であったとしても、だ。
実際、アマンダの助言で新たに扱い始めたメーカーの品々は、商会に多大な利益を齎した。やはり、上位貴族の廻す金額は桁が違う、と実感した出来事だった。アマンダの頼みごとを蹴っていたら、今のラドクリフ家の繁栄はなかったかもしれない。
それがわかっていてもなお、こんなことになるなら、という後悔が胸をよぎる。
おかしな頼みごとをされた時から、3年後。まさに今から半年前、面会の時に同席していたアマンダの侍女、エレナが、空き家を貸してほしいとオスカーを訪れた。
そして、アマンダに指定された時間が近づいた頃、件の空き家の様子がおかしい、とラドクリフ家に連絡が入り、オスカーが護衛と共に駆けつけると、荒らされた家の中に、血だらけになったアマンダが倒れていた。
その時、咄嗟に駆け寄ったオスカーを認め、彼女が言った言葉は、
「あのことは、誰にも言わないで。貴方は、報告を受けてここに来た―――それだけよ」
その言葉通り、オスカーは今に至るまで沈黙を守っているが、何も知らない人々は、勝手に彼を、彼女の窮地を救った英雄として、噂する。
実際、さっきまでオスカーはこう考えていた。
婚約者に置き去りにされたアマンダは、街をさまよった後一人になりたくて、あの家にやってきた。彼女に目をつけて、後をつけてきたならず者たちが、これ幸いと押し入ったが、オスカーが連絡を受けて駆け付けたため、逃亡し、顔に傷を負ったが、何とか助かった。
あまりにもタイミングが良すぎるし、そんな偶然がいくつも重なるのか、とずっと疑問だったが、アマンダの、
「いきなり数人に襲われて、後ろから拘束されて。顔に刃物を突き付けられて、どうしたらいいかわからなかったんです。助けが来たと思って悲鳴を上げたら、頬が熱くなって―――あとはどうなったのか、全く憶えていません」
という証言と、侯爵家と伯爵家の醜聞を避けたい意向もあって、本来ならば社交界を揺るがすはずの大事件は、あっけなく幕を閉じた。
だが、全ては、目の前に澄まして座っている女が、何年も前から計画してきたのだとしたら―――?自分の顔を切り裂く貴族令嬢など、いるはずがないという前提が覆るなら―――?
「その傷は、アンタが自分でつけたんだろう」
オスカーは、確信を込めてアマンダを睨みつけた。