シュタイナー伯爵 幕引きの後に残るもの 10
「君は、祖母上の事情を知っていたら、僕のプロポーズを承諾したのか?」
するわけがない。元々受ける気のなかった縁談だ。その上、どう考えても罪悪感を払拭するためのようなプロポーズなど、惨めになるだけではないか。
「それはともかく、黙っていることは、君の祖母上が出した条件だった」
「お祖母さまが―――――?」
「そうだ。自分の過去を君に知られないことを条件に、君との結婚を認めると言った。それは僕にとっても都合が良かったから、あらゆる手段を講じて噂を遮断すること、僕からは、君にその話をしないことを約束したんだ」
シアーシャの祖母は、アーネストにとって、願ってもない条件を出してくれた。二人が結婚するには、どう考えても障害にしかならない。かといって黙っていては、後の火種になること間違いなしのかつての因縁。だが、条件を受け入れれば、沈黙するだけでなく、隠すための大義名分が得られる。
もちろん、リスクは大きい。過去を隠蔽するとなれば、あらゆる伝手を総動員する必要があり、それは大きな借りとなる。それも金銭で購う類ではない分、後々まで尾を引くことは必至だ。
そうまでしても、態々針の穴を見つけ出し、クレーターのごとく噂する社交界が舞台では、どこまで効果があることか。元々王都の侯爵家出身の老婦人が、その程度のことを知らないはずがない。
社交界に身を置けば、いつか気づかれる。だから、シアーシャから問われることがあれば、アーネスト自身が全ての真実を話す。その時のためにも、二人の間に確固たる信頼と、愛情で結ばれた関係を築く。それが、シアーシャの祖母との暗黙の了解だ。
「祖母上が義兄殿に話をしたのは、君が援助と引き換えに聞き出した、といったところだろう」
「そうよ。貴方に訊けと言われたけれど、怖くてできなかった。教えてくれなければ、私をいろいろ褒めてくれる貴婦人方に訊く、と言ったのよ。貴方は――――」
シアーシャは、言葉を切るとまっすぐに夫を見つめて聞いた。
「気づいていたなら、なぜ何も言わなかったの」
「君たちも、何も言わなかっただろう?」
最もな言い分に、シアーシャは唇をかむ。夫は、間違ったことを言っていない。だけど、理解することと納得できることは、全く別だ。それに、これまでの経緯が意味するのは、お互いに相手を信じていなかった、ということに他ならない。
様々な歪みは、長い年月の間に大きな溝となり、取り返しのつかない事態を引き起こした。もう何事もなかったようには、暮らせない。
「ルーエラとエバンスを解雇するのなら、私たちも今まで通りではいられないわ」
砂上の楼閣――――そんな言葉が頭をよぎる。脆弱な土台から眼を逸らして築いてきた歪な関係が、今、まさに崩れ落ちようとしていた―――――。




