シュタイナー伯爵 幕引きの後に残るもの 9
「貴婦人方には、同性にしか理解できない意思疎通の方法があるわ。だから、お茶会で、夜会で。それとなく噂する。貴方が私と結婚したのは、以前の婚約破棄の贖罪のためで、決して愛されているわけではない、と」
「私は、何も知らなかった。だから、愛されている自信が持てなくて、反論することもできずに、貴方への不信感が募るばかりだった」
「だから僕ではなく、侯爵夫人に相談したのか」
「アマンダに私のような思いをさせたくなかった。貴方は――――お義父様のように、合理的な考え方をする人だと思ったから―――――」
「父が政略重視で結婚したのは、合理的というより、そうせざるを得なかったからだ。君は、当時の社交界が、本当に祖父の言い分だけを丸ごと信じたと思っているのか?」
夫の意外な言葉に、シアーシャは瞠目する。祖母はスキャンダルに塗れ、誰も味方する者がなかったから、地方へ嫁したはずではなかったのか。少なくとも、自分はそう聞いている。
「噂というモノは、表で華々しく喧伝されるだけとは限らない」
だが、夫はそう言うと、自分も詳しくは知らないが、と前置きして静かに語りだした。
五十年以上も前は、確かに今よりもずっと女性にとって、窮屈な社会だった。特に恋愛沙汰に対する噂は、どうしても女性に不利になりやすい。
それでも、シュタイナー伯爵家の跡取りが、婚約者以外の令嬢と親しすぎる関係にあることは、既に周知の事実だった。そこへもってきて降って湧いたような、婚約者のスキャンダルだ。しかも、目撃者は彼の知人たちで、不審な点も多かった。それでも、否定できるだけの根拠がなかったため、婚約は破棄された。
だが、少し落ち着くと、今度はその不審な点を指摘する声が囁かれ出した。女性側は泥を被って、王都さえ出ていかざるを得なかったのに、その原因と思われる二人は結婚し、社交界で堂々といちゃついている。
エメライン侯爵は、あまり力のある貴族ではなかったが、その為人でそれなりの人脈と人望があった。候爵自身が何もせずとも、周囲の人間たちは決して黙ってはいなかったのだ。
もともと浅慮で、華やかではあるが信頼性に欠けるところが目に付いていた分、伯爵家の跡取りは信用ならないという評判が定着するのに、あまり時間はかからなかった。そうなると、事業を営むには、不利な点が多すぎる。次期当主の評判が落ちれば、取引にも影響が出てくるものだ。
当時の伯爵は、息子の家庭が落ち着いたら引退を考えていたが、爵位は譲れても、事業から手を引くことは出来なくなった。やむなく長きにわたって采配することになり、事業の全権は孫に譲る決心をして、今度こそ間違いのないように手元で教育した。
祖父と孫が慎重に行動し、息子夫婦を早くに領地に蟄居させた結果、漸く伯爵家の信用は回復した。先代伯爵が私情を一切交えない政略結婚をしたのは、父親(先々代伯爵)のせいで地に堕ちた信頼を取り戻すためだったのだ。
「君と結婚したいと言った時、父は、もろ手を挙げて賛成、とは言わなかった」
当然だ。二代にわたってようやく悪評を退けたのに、またぞろ、昔の醜聞を掘り返すことになる。醜聞だけならまだしも、迎える花嫁に不名誉なレッテルが付きかねない事態だ。
それでもシアーシャを妻に迎えるため、父親の懸念を抑えるため、当時事業提携を持ち掛けてきた相手の中から、社交界で絶大な権力を持っていたロンサール侯爵夫妻を選んだ。それだけでなく、結婚の決め手を聞かれるたびに❝仕事にしか興味をひかれなかったが、会話する楽しさを、初めての感情を教えてくれた女性❞と言って、愛情表現を惜しまなかった。
「僕は、君には決して嘘をつかない、と言ったはずだ」
知っている。確かに、夫は嘘はつかなかった。それでも、シアーシャは、夫を、その愛を盲目的に信じることができなかった。何故なら――――。
「だったら、なぜ、初めから本当のことを言わなかったの」




