シュタイナー伯爵 ロンサール侯爵夫人 7
貴族子女の婚約は、当主の権限だ。夫人同士で話し合うなど、普通ならまずありえない。ましてや、シュタイナー伯爵夫人は、社交以外に係ることはほとんど無い。あの家は、良くも悪くもほぼ伯爵の腕ひとつで運営されているのだ。
そしてアマンダ。彼女が婚約解消を望んだなら、即座にセルマン自身か伯爵に直談判しそうなもの。それをしなかった、ということは・・・・・・。
「だから、これは、わたくしへのメッセージ」
「いつから、ですか?一体、いつから、そんな・・・・・・」
「シュタイナー夫人は黙っているつもりだったようだけど、アマンダ嬢が貴方に相応しくあるように、と努力を続けるのを見て、考えを変えたそうよ」
「どれほど努力しても愛されないのなら、いっそ婚約を解消するのも仕方ないのかもしれない。だけど、肝心の二人の気持ちは、どうなのか――――――」
どくん、と心臓が跳ねた。その先は、わかっている。自分の愚かさに何度も歯噛みしたいくらい、惨憺たる結果だ。改めて聞かされたら、いっそ喚きだして、そこらじゅうを走り回るかも知れない。
そんな葛藤など知らぬ気に、侯爵夫人は、表面は平然としている息子に尋ねた。
「この先を、聞く気はあるのかしら」
「そのために、ここにいるんですよ」
「・・・・・・そう」
結果は覆らないのに、経過を聞くのは、さほど意味はない。特に、既にわかっていることを、自分の行動の意味を改めて客観的に見るのは、どんな気分だろうか。
それでも知りたいというのなら、誤魔化さずに、向き合わなければ。より厳しい選択をした息子に語る言葉は、真実が相応しい。
「夜会で会った時に話をしたくらいで、大したことではなかったけれど」
そう、本当に大したことではなかった。
「ヴィアンカ嬢が、体調を崩すほど貴方を慕っていて、アマンダ嬢に婚約を代わってもいいと仄めかされたシュタイナー夫人は、貴方の本音を知りたい、そう言ったわ。当然よね。貴方たちの婚姻は、家同士利害の一致で結ばれる契約。姉妹とはいえ、あの二人は、あまりにも違いすぎる」
「だから、少しだけアドバイスを。心因性のストレスが発作の原因なら、望みをできるだけ叶えて差し上げたら。当事者が納得するなら、大きな問題にはならないでしょう、と」
「ああ、それから。婚約者が承知すれば、貴方は断らないはずだ、とも言ったわね」
「・・・・・・確かに、ちょっとしたアドバイス、ですね」
それだけ聞けば、誰もがそう思うような。だが、その背景を考えたら、悪魔の囁きだ。明確な悪意とまでは言わないが、未必の故意、と言えるくらいには。
傾きかけた午後の光を受けながら、侯爵夫人は立ち上がった。
「貴方の疑問には答えたようだから、わたくしは戻るわね」
内心の焦燥を押し隠して、優雅に微笑む。
息子の質問には、真実を語った。これ以上ここに留まりたくはない。もし、もう一つの疑問をぶつけられたら、冷静に対処する自信がない。余裕の無さは、狭量な言葉を紡ぎ出し鋭利な刃となって、容赦なく彼女と息子を傷つけるだろう。
だから、一刻も早くここから去らなければ―――――。
「母上」
あと数歩で扉に手が届く。その瞬間を待っていたかのように、平坦な声が呼びかける。無視することはできない。その声は、二人だけの部屋にやけにはっきりと響いたのだから。
わたくしの息子は、こんな声だったのかしら―――――そんな、とりとめのないことが意識を掠めた。
「もう一つだけ、質問を」
そして、その声は、容赦なく核心を突いてくる。
「カビの生えたロマンスの主役は、誰ですか」




