シュタイナー伯爵 ロンサール侯爵夫人 3
「なるほど。つまり、ロマンスはあったわけですね」
―――――しまった。侯爵夫人は、内心臍を噛む。愛情なんか無かったことにしておけば良かった。そう思ったが、既に遅い。彼女の息子は、失言を見逃すタイプではないのだ―――――本気になれば。
「そうすると、色々と不自然なんです。どうしても、納得できないことが多い」
沈黙を守る母を、それとなく観察しながら言葉を続ける。
「父上の、ロンサール家が国内の経済を牛耳るという計画は、母上と同様、私も反対です。せっかく活性化し始めた産業を固定させるのは、今後の発展を妨げかねませんからね」
ですが―――と、言葉を切ると、視線を感じたのか、母が微かに身体を震わせた。
「ある程度の―――そう、例えば、ブライアンとエリックが独立できるくらいの部門を立ち上げて任せる、というのは決して悪い話ではないはずです」
ブライアンとエリックは、年の離れた弟達だ。母似のセルマンと違って、父譲りなのか、二人とも金茶の髪にブライアンは碧眼、エリックは空色の瞳を持っている。いろいろな意味で優秀とまではいかないが、華やかな雰囲気で人好きのするところも、二人揃って同じだ。そのせいか父は、セルマンよりも、弟たちの将来を何かと気に掛けている節があった。
そんなときに、発覚したアマンダの才覚。父は、事業を多角経営にして、弟達に一部任せるという方針に切り替えた。そのくらいならば、とセルマンも同意したが、母は、アマンダの協力が不可欠である以上、彼女の意思を最優先に尊重するべきと主張した。もちろん、セルマンにも否やはない。第一、シュタイナー伯爵家との共同事業も多く、伯爵の意向を無視することもできないのが現状なのだ。
些か虫のいいこの提案を、意外にも、伯爵家側は承諾した。但し、弟達に分担させる権利は、これまで展開してきた事業の中からに限定されたため、今考えれば、伯爵家にはそれほどの影響はないことがわかる。シュタイナー伯爵は、どこまでも抜け目がなかった。
それはともかく、両家の方針が決定した時の母の反応は、セルマンの心に波紋を投げかけた。
母は、にっこりと微笑むとこう言ったのだ。
「まあ。侯爵様の願いが叶って、喜ばしいことですわね」
❝侯爵様❞。公の場ではともかく、私的な場、それも家庭の中で、母が父をそう呼んだのは初めてだ。そして、それ以降、母が父を名で呼ぶことは無くなった。
未だ少年だったセルマンの疑問に、母は、こう答えた。
「父親としての責任感に感銘を受けたから。尊敬を込めて、呼び方を変えたのよ」
その答えは、アマンダに呼び方を変えようと提案された時、脳裏に甦った。あの時はそういうものかと思ったが、今なら、それは全く別の意味を伴ってくる。
――――――おそらく、あの時から母は、父の方針に反対だったのだ――――




