シュタイナー伯爵 ロンサール侯爵夫人 1
セルマンの母上が登場です。
ある意味、この方が一連の原因・・・と言えなくもないかも、です。
「母上」
「あら、セルマン。珍しいのね」
久方ぶりの休日、サロンで刺繍を嗜んでいたロンサール侯爵夫人は、息子の顔を見て、気持ちを引き締めた。
彼女の長男は、そうやすやすと感情を気取らせるようなヘマはしない。もちろん今も、他人が見ればいつもの端正な顔に、何時もの家族向けの微笑みを貼り付けている。だけど、それが仮面とわかるあたりが、彼の内心の動揺を物語っている。
折しも、今日は新たな婚約者に会いに行ったはず。そのうえでこの表情となれば、こちらもそれなりに覚悟が必要だ。
彼女の息子は、真実を知る権利を持っている。それでも、できれば言いたくないことはあるものなのだ。
「母上に、新しいお茶を。私には濃い目の珈琲を淹れてくれ」
「まあ。貴方がわたくしとお茶を?それも、珈琲なんて、珍しいのね」
「たまには、ゆっくり話をするのも、悪くないでしょう。これからの相談がありますからね」
もちろん、今までの話も。
そう付け加えた息子の笑顔に、海千山千の侯爵夫人は、これは、ダメかも。密かに、それなりでない覚悟を決めた。
「今日は、シュタイナー伯爵と会ったのでしょう」
「ええ。伯爵は、アマンダ嬢を後継にするとのことです」
「まあ、そう。それでは――――――」
「父上の計画は頓挫確定ですね」
無礼にも言葉を被せてきた息子を、咎めもせずに、ティーカップを持ち上げる。そんな、何気ない仕草ひとつとっても、非の打ちどころのない流麗さだ。
「まあ、元から父上の思惑通りに動く気はありませんでしたけど」
「そうねえ・・・あの計画は、少し無理があったわ」
ほほ・・・とあくまで優雅に笑う母を見て、セルマンは正攻法に切り替える。
「母上が彼女をお嫌いだとは、知りませんでしたよ」
母と息子は沈黙し、殊更ゆっくりと飲み物で喉を潤す。気づまりな空気が流れるが、セルマンは、一向に気にしない。彼は、母に問いかけたのだ。
「・・・彼女とは、誰のことかしら?」
「私の元婚約者」
予想通り誤魔化そうとする母に、簡潔に答える。断定するように告げられて、滅多に乱れることのない表情が微かに引き攣るのを、セルマンは見逃さなかった。
冷静に考えれば、常に違和感ばかりがつき纏っていた。
社交的ではあるが、それだけに普段からおっとりと構え、決して強く出ないシュタイナー伯爵夫人の、強引な懇願。
心因性のストレスが発作を誘発するなら、いくら薬の副作用が強くても、セルマンに依存するような方法をとるべきではない。実際、主治医は、セルマンを見ると何か言いたげだったが、いつも伯爵夫人がいたため、諦めていた様子だったのだ。
そして、伯爵夫人は、セルマンの感情を的確に突く言い方をしてきた。セルマンがどういう状況に弱く、どんな言葉にどう反応するか、良く知っている誰かが誘導したと考えれば、辻褄が合う。
その誰か、が目の前の母であれば、それこそ簡単なことだっただろう。
――――――ただひとつ、
わからないのは――――――
「彼女のどこが、お気に召さなかったんですか?」
セルマン、とうとう違和感の正体に気付きました。
アマンダの、意味不明な言動の数々はわかったけれど、いくら娘の命が大切と言っても、らしくない伯爵夫人の懇願等々、疑問が解けました。
冷静だったら引っかからないはずなのに、それすらも母の思惑のうち、とか、結構キツイものがありますね~。
私の中では、セルマン、ちょっと不憫な立ち位置なのです。
恋の代償は大きかった――――けど、まあ、それなりに(微妙に)ハッピーエンド・・・かな?