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今回、少し長くなってしまいました。
「愛していた、だって―――?」
「愛している、よ」
「だったら、なんで――――――」
うまく頭が回らない。
貴族の結婚は、基本的に政略だ。恋愛より家の繁栄が最優先で、名家ほどその傾向が強い。でなければ、何百年と家門を守ってこれたわけがない。
愛している相手と結婚できて、家の繁栄も確実なのにわざわざぶち壊すなど、正気の沙汰ではない。
夫が誰と愛し合っていようが、妻はアマンダで、ロンサール侯爵夫人の地位は社交界では絶大。王家ですら無視できない。彼女だって、そのために努力してきたと言っている。何より今までの様子からして、セルマンが彼女を蔑ろにするなど、ありえないだろう。
どう考えても、こんな大層な事件を演じてまで、婚約を解消する意義が見出せない。
今までの努力は水の泡。おまけにバレたら、騒乱罪で伯爵家まで罪に問われかねない。というか、その場合は、うちも道連れだ。
そう考えたら、なんとなく自責の念が薄れてきた。
「侯爵夫人の座なんて、どうでもいいわ。ロンサール様と結婚するから、ただそれだけで、本来の自分を隠して努力してきたのよ」
❝愛しているから❞―――そんな声が聞こえた気がした。
そのまま、アマンダは淡々と語りだす。
それは、目の前のオスカーではなく、誰か、に聞かせるような響きを伴っていた。
だけど、明らかに自分が邪魔だとわかったら、もう無理よ。
邪魔よ。だから、あの子が発作がを起こす度、置き去りにされたんじゃない。それに、落ち着いた後、私のところに戻ってきたことなんか、一度もないわ。
たいてい2、30分くらいたつと、執事が来て言うの。使用人でも侍女でもなく、執事よ。
❝お話が長引きそうなので、今日のところはこれで、と旦那様からの御伝言です。❞
そして、ロンサール様からはお詫びのカードと花束が―――きちんと私の好みの花束よ。お父様からは、何度かに一度は高価なアクセサリーやドレスや・・・たまにお忙しいのに、私を外出に伴って下さった。
お母様も、観劇に連れ出してくださったり、お茶会をしたり、申し訳ないくらい、必死に埋め合わせをしようとしていたわ。
発作が治まるのに時間がかかったから―――?
そうでないこともあったわ。同じ屋敷にいるのよ。そのくらいわかるわ。
発作が治まってしばらくした頃、見に行ったのよ。ドクターが帰ったのを確かめてからね。
扉が閉まっていたから、少しだけ開けて、こっそり覗き見したのよ。
マナーですって?そんなモノ、人生がかかっているのに知ったこっちゃないわ。
そしたら、寝室で二人きりだったのよ。
そうね、密室で二人きり―――とも言えるわね。
ああ、ちゃんと節度は保っていたわ。服も乱れてなかったし、あの子は寝台で起き上がっていて、ロンサール様は、傍らの椅子に座っていた。
身体を寄せ合って両手を握り合っていたのは、まあ、心細がっていたヴィアンカを宥めるためなら、許容範囲なのかしら、ね。未来の義妹だし―――。
会話自体は、特に普通よ。愛を語るわけでもないし、不安がる少女を優しく慰める青年ってところだけど、―――雰囲気がね。
。
見つめ合ってこそいなかったけど、二人きりの時間は嬉しいけれど、許されないことをしているっていうか、悲しいような切ないような・・・。私への罪悪感も口にしていて、ロンサール様は、❝大丈夫だ、彼女は、君を大切に思っている❞て宥めていたわ。
全く異論はないけど、なんとなく、あなたに言われたくないって思ったわ。いい加減私も心が狭いわよね。嫌になるくらい。
とにかく、まわりがどうして二人きりにしたのか、よくわかった!そんな感じ。
愛し合う二人の逢瀬、こっそり覗き見してる婚約者って、物語みたいだけど、当事者だと、また違う意見が出るものね。はっきり言うと、なんて間抜けな構図なのって、惨めになったわ。
――――――どうしたの、やっぱり聞きたくないかしら?
同情してくれるの?
だけど、周りは私に気取られないように、そりゃあ気を使っていたのよ。こっちが申し訳なくなるくらいに。だから、私も、エレナにいろいろ情報収集させながら、ずっと知らないふりをしていたわ。
もちろん、今でも、よ。
わからなければ、ないことと同じ。それが貴族でしょう?
ロンサール様も両親も、別に私よりあの子が大切ってわけじゃないわ。そのくらい、私にもわかる。単に、優先順位の問題よ。
――――――ああ、あなたは、あの子の発作を知らないから・・・・・・。
昔は、体力がなくて、発作が起きるたび死にかけていたのよ。ドクターに、10才まで生きられない、いつ死んでもおかしくないって言われて。
母は半狂乱、父は母を宥めるのに必死で、私は、あの子が死んじゃうと思うと怖くて、両親にしがみついていたわ。
意外?どうして?物心ついた時から一緒だった、可愛い妹よ。
恋敵だけど・・・。私にとっては、ロンサール様に会う前から、大切にしてきた妹なのよ。憎めたら楽なんだけど――――――人の感情って厄介ね。
ロンサール様に恋して、私に嫉妬して発作を起こして、二人きりの時間が嬉しいのに、罪悪感から食が細くなって、体力が落ちる。
更に体調が悪化して、体力的に発作に耐えられないから、少しでも早く鎮静化させるためにロンサール様が呼ばれて、罪悪感が募る。見事なくらいの悪循環よ。
そして私は、無駄に苦しむ。これも感情が原因なのよ、忌々しいったら!
発作の原因?もともと心臓が悪いけれど、今は、心因性のストレス、はっきり言うと結ばれない恋と嫉妬、たまに罪悪感。
――――――結構容赦ないのね、あなた。
そりゃあわがままだけど、恋愛感情って、自分でどうにかできるものなのかしら。
「あの子の場合、どうにかする前に、心臓が限界になっちゃうんじゃないかしらね」
そう言って、どうだ!とばかりににっこりと微笑んだアマンダに、オスカーは返す言葉が見つからなかった。
アマンダって、ちょっと一般的からずれている女性のイメージで書いています。
合理的で、決断力に富んで、優しいけど、情緒的な部分に問題がある、というか、強すぎるというか。
そのせいで、周りは振り回されてしまって、お気の毒、かも?