シュタイナー伯爵 ヴィアンカ 1
あまり本筋には関係ないのですが、ヴィアンカ編です。
セルマンとの出会いから、学院へ通うことができなくなった理由、苦しい発作や体調悪化、現在の心情などです。
ずっと守られていたお姫様は、他人の気持ちに無神経、というより、本心を隠すのに不慣れで、四苦八苦しています。成長しないと、社交界でやっていけないよ~と言った感じです。
ヴィアンカの一番古い記憶は、寝台の天井と哀しい母の顔だ。
幼い頃は、自分の部屋と、そこを訪れる母とドクター、看護師、数人の使用人、ごくたまに父。それが彼女を取り巻く世界の全てだった。頻繁に起こる苦しい発作と高熱。そのたびに周囲は大騒ぎをし、ヴィアンカを寝台に縛り付けることに拘った。
やがて、一人の少女が現れる。まだ幼女と言っていいような年齢だが、ヴィアンカから見れば初めて会った子供で、その自由闊達さは、モノクロームの世界に鮮やかな色彩を与えた。
たまに、ふらりとやってきて、少しの時間お喋りしてさっといなくなる不思議な子。だけど、その子はいつの間にか来なくなり、退屈な、それでも周囲の優しさに守られた日々が続いて、少しづつ身体が楽になり、貴族の令嬢に必要な教育を受け始めて、庭へ出ることが許された頃。姉と対面した。
「ずっと、会いたかった」
初対面の挨拶で、見事なカーテシーを披露した姉が、悪戯っぽい笑顔を見せた時。
無意識のうちにそう言った自分に、姉は、吃驚したように目を瞠いて、次の瞬間、嬉しそうに破顔してこう言った。
「私も会いたかったわ」
姉は、様々なことを教えてくれた。通っている学院のこと、友人たちとの付き合い、お茶会や夜会、観劇、流行りのファッション。それは、ほとんど屋敷から出ることのないヴィアンカにとって、憧れてやまない世界で、話の最後に、姉は必ずこう付け加える。
「よく覚えておいてね。いずれは、ヴィアンカも経験することなのだから」
姉がそう言うと、必ず実現するような気がして、心が躍った。そういう、不思議な力のある人なのだ。
やがて体調が安定してくると、二人で買い物や、カフェに出かけたりして、遅ればせながら学院へ通うことを検討し始めた時。
「学院に行くなら、男性にも慣れておいた方がいいわね」
「?男性なら、家にいるのに」
「使用人じゃなくて、同じ年代の人。いい機会だから、婚約者を紹介するわ」
それまで、姉から婚約者のことは聞いていたけれど、会ったことは無い。博識で、いつも冷静、優しくて優雅な所作で、ヴィアンカが憧れてやまない姉のみならず、父や母までもが称賛する婚約者。侍女たちの話によると、眉目秀麗なだけでなく、成績も優秀で社交界でも評判の貴公子なのに、使用人たちにも気取らない、優しい男性ということで、会うのが待ち遠しかった。
穏やかな午後、姉とその婚約者が、庭園でお茶会をしているところに、案内された。若干陽射しが強く、侍女が差しかけてくれた日傘が、自分の顔に影を作ってくれていることに、これほど感謝したことは無い。でなければ、自分は、惚けた顔を晒していたに違いない――――そう思った。
それほど、ヴィアンカにとって、❝彼❞は印象的だった。
紫が強い、瑠璃色の瞳がまっすぐこちらを見ている。目が合って、どのくらいそうしていたかわからないが、気が付いた時は、姉の隣に座って、姉と会話する❝彼❞のことを、ひたすら見つめていた。




