シュタイナー伯爵 中庭にて 2
セルマンの、複雑な心境が明かされます。
子供の頃から規格外な婚約者を持つと、いろいろ大変なようです。
その点では、セルマンは恵まれているといえた。彼には弟が二人いるが、5歳と7歳下と年齢が離れているうえ、彼らは容姿には恵まれているが、才覚となるとかなり怪しい。悪いとまでは言わないが、それなりに努力しても全てに於いて平均よりやや上、というのが周囲の評価で、年齢から言っても、とてもシュタイナー伯爵家との縁組が調う条件ではなかった。
つまり、セルマンが多少やらかしても、彼を押しのけるほどの者は存在しない。ましてや、アマンダの怪我が理由での、伯爵家からの申し出である以上、セルマンが排除されることは無い。それでも、こんな結果は望んでいなかった。
シュタイナー伯爵は、以前、父に❝支援している研究が成功すれば、輸送手段が画期的に変わる❞と語っていた。おそらく、自分はその関連事業に係るはずだったが、それは完全に無くなった。その原因がヴィアンカにもあることは、どう好意的に解釈しようが否定できるものではない。
――――――甘い期待を完全に打ち砕かれた今、自分は、
彼女にどんな感情を持つのだろう――――――
完璧だのなんだのと持て囃されていたが、蓋を開けてみれば、余所の女に目移りして、何の覚悟もないくせにいい顔をする浮気男と、何ら変わりがなかった。自業自得なのに後悔するのか、かつて恋した少女を、冷めた目で見るのか。
そんなことを考えながら、婚約者が待つ中庭へ歩いて行った。
彼女は、いつもより頼りなさげに、不安気に見えた。傍らの侍女が、そんな主人を気遣うように声をかける。
「お嬢さま。カーライル卿がいらっしゃいました」
その言葉を聞いたセルマンは、思ったより西庭園での時間が長かったことに気が付いた。ヴィアンカが所在なさげにしていたのは、そのせいもあるのだろう。セルマンの姿を認めたヴィアンカは、安心したように微笑んだ。
その笑顔が泣いているように見えて、セルマンは立ち止まる。
それは、ほんの一瞬のことだった。次の瞬間、セルマンは、安堵交じりの、それでも心からの笑顔を浮かべて、ヴィアンカに語り掛ける。
「遅れて申し訳なかった、ヴィアンカ嬢。シュタイナー伯爵のお勧めで、庭を観させてもらったのでね」
「お父さまが・・・。そうですね、今は、西庭園の花が見事な季節でしょうか」
その言葉からは、アマンダがいたことを知っている様子は窺えない。
「最近は、体調がいいときいて、安心している」
「そうなんです。ご迷惑をおかけしてはいけないと思って・・・」
アマンダが傷を負い、一か月近くも寝込んだヴィアンカは、セルマンとの婚約が決定した時にかなり大きな発作を起こしたが、その後、大きな発作を起こすことは無かった。心因性の病にはよくありがちなことで、何かのきっかけで、完全に起こさなくなることも珍しくはないらしい。今も顔色はよくないが、少し前にドクターからは、無理のない範囲で、普通に生活しても良いと許可が出ているはずだ。
他愛のない話をしながら、セルマンは、目の前の婚約者に対し、穏やかな感情を向けている自分を自覚した。
ガーデンチェアに座り、婚約者が遅れていることを不安に感じているヴィアンカの姿を見て、彼は、彼女の不安を取り除いてやりたいと感じた。それは、自分のせいで手から零れ落ちたモノを諦めきれず、いつまでも後悔するような愚か者にならずに済む、ということを意味していた。
そして、今、多少ぎこちなくはあるが、少しずつ打ち解けた様子を見せてくるのに、初めの頃のような、屈託のない笑顔をみせてほしい、と願う自分がいる。
それは、不思議な感覚だった。
セルマンは、アマンダとならば、どんな困難も乗り越えられると感じていた。そこにあるのは、絶対的な信頼と安心感。そして、アマンダの発想は、いつも新鮮な驚きと楽しさに満ちていた。
それとは逆に、以前ヴィアンカに感じていたのは、罪悪感に満ちて、眼を逸らさなければならないのに、つい追ってしまう何か―――アマンダは愛と解釈したが、セルマンは、今でもそう思ってはいない―――だった。一目惚れ。アマンダはそう表現したが、言い得て妙だ。ただし、その先の解釈が、セルマンとは全く違った。
セルマンは、確かに一目でヴィアンカに恋をしたが、それは一過性の感情であり、深い愛情に発展することは無いと考えていた。所謂、❝初恋は実らない❞というモノだ。アレは、幻想で始まった恋は、現実に向き合うと同時に消え失せる、という意味も含んでいる。そうセルマンは解釈していた。
だけど、アマンダは違った。彼女は、熱に浮かされた目を❝真実愛する者を見る目❞と解釈したのだ。
二人の捉え方の違いは、ヴィアンカの恋と病によって、更に混迷を深めた結果、セルマンとヴィアンカは、戸惑いながらお互いを見つめ合っている。




