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私たちの婚約は、ずいぶん前に決まっていて、初めて会ったのは6才くらいかしら。
その頃の私は、周りから浮いていて、よく注意されたけど、何が悪いのかよくわからなくて。私も大変だったけど、お母様やマナーの先生はもっと大変だったと思うわ。
だけど、初めて婚約者として紹介されたロンサール様は、はっきりどこが問題で、どうすればよいか具体的に教えてくれて、―――そうね、まさに目から鱗が落ちるようだったわ。
例えば、否定的な言葉を使わずに、嫌なことを回避する方法とか、戸惑うことがあったら、自信たっぷりに笑って誤魔化すとかよ。
あと、そうね、容姿にコンプレックスを持ち始めた私に、知性と教養からくる自信が、何よりも重要だとも言ったわね。
考えてみたらロンサール様って、子供のころは何でもできるきれいなお兄さんって感じで・・・今もあんまり変わらないわね。
とにかく、ロンサール様は、
❝大丈夫、君ならきっとできるよ❞
❝君となら、お互いに信頼し合って力を合わせていけると確信したんだ❞
そう言って、婚約者が私でよかったと言ってくれた。
だから私は、誰からも認められるように、必死になって頑張ったのよ。
私が15才だったかしら。成長したヴィアンカが、健康になってきたからって、ロンサール様に紹介することになったの。あの子は13才で、透き通るような肌に大きな青灰色の瞳、ふわふわの白金髪が儚げで、妖精みたいに可憐な、私の自慢の妹だったわ。
私たちがお茶会をしているテーブルに、侍女があの子を連れてきて、挨拶が終わって、顔を合わせたとたん、二人が目を見張ったのがわかったわ。
そう、一目惚れしたのよ、ロマンチックよね。
そうよ。私は、自分の婚約者と妹が恋に落ちる瞬間を、この眼で見たの。
お互いに目を瞠って見つめ合って、次の瞬間、蕩けるような表情を浮かべるのを見たのよ。
ロンサール様は、すぐに私のことを思い出して、あの子から眼をそらして気まずそうにこっちを見たわ。私、咄嗟にテーブルの花を見てるふりをして、知らん顔を――――――だって、そういう教育を受けてきたから。
あの二人、会うと嬉しそうに表情が輝くの。情熱的に見つめ合って、ロンサール様は今にも抱きしめたそうにするけど、はっとしたように私を気にして、あの子から目をそらす。
あとは、抑えても抑えても、思いがあふれて止まらないって様子で、ちらちらと切なそうに見つめ合ってはすぐにそらす、を繰り返していたわね。
私は、それを5年も、ずうっと見てきたのよ。
よく見ているって?当然でしょう、私は、ロンサール様を愛しているんだから。
いつから、ですって?昔から、よ。
それまで、貴族令嬢として落ちこぼれだった私は、ロンサール様に教えてもらって、ようやく人並みになれたし、自信も持てた。
相手は、婚約者で、何でもできて頼りがいがあって、何よりたいていの女の子が夢中になるくらい素敵な人だった。
恋したっておかしくないでしょう?
アマンダがそう言って微笑んだ時、庭園を吹き抜けた風が、両頬に垂らしている彼女の髪をふわり、と揺らした。
その一瞬、目立たないが、右耳からフェイスラインに沿って赤く走る線が、オスカーの目に留まった。
―――あの傷は、俺のせいでもある―――
貴族令嬢として、致命的な欠陥であるそれを目の当たりにして、改めて自責の念が沸き起こる。
アマンダは、気にすることはないと言うだろうが、取引を持ち掛けられた時、妙なことをするお嬢様だと感じたのだから、キッパリと断るべきだった。
たとえ、それが、どれほどの恩恵を彼の家に齎したとしても、この後味の悪さが消えることは、決してないだろうと、今の告白を聞いて更にそう思った。