シュタイナー伯爵 セルマンとアマンダ 10
「初めまして。ヴィアンカと申します」
初めて会った少女は、そう挨拶した。少しはにかんだ笑顔に、高く澄んだ細い声。透き通るような白い肌、午後の光を通して柔らかく輝くプラチナブロンド。秋の中頃、庭園に現れたその姿は、赤や黄に色づいた木々の中にあって、より一層儚げに、幻想的に見えた。
セルマンは、今でもあの時の自分の感情を、うまく表現することができない。
美しい女性なら、周りにいくらでもいた。大輪の薔薇のような豪華さ、小さな白い花のような清楚さ、妖艶な美女、妖精のように淡く儚い美しさ。社交界には、様々な美しさを誇る華が、いくらでも存在している。なのに、何故か彼女にだけは目を奪われた。
どれほど目を逸らしても、気が付けば、彼女の姿を目が追っている。見ないようにすれば、耳に聞こえる声を、彼女が身じろぎすればその気配を、全身が研ぎ澄まされたように、感じ取ろうと必死になっているのがわかる。
結局その日は、簡単な挨拶を済ませた後、姉妹二人が楽しそうにおしゃべりするのに相槌を打ち、彼女と一言も交わすことなく終わったが、それでよかった。直接話をしたら、気づかれてしまう――――。
幸いにして、姉の婚約者という立場なら、それほど会うこともない――――。だが、アマンダは、妹が病弱で学院に通うどころか、外出もままならず異性との交遊がほぼないことを理由に、伯爵家での婚約者同士のお茶会に同席させ続けた。
それから、二人は正式に婚約して―――――半年前に解消した。
あの日は、アマンダの誕生日で、珍しく、王都を散策したい、と言い出したために、人気のレストランを予約し、王都の野外ステージに、評判の良い演し物がかかっていたので、それを観ようと、結構な苦労をして席をとった。学院を卒業して以来、わざわざ遊びが目的で出かけたことはなかったため、綿密に下調べをして、彼女のために計画を立てたのだ。
ところが、昼食後のティータイムに早馬が駆けつけた。席を外して対応しながらも、なぜ、というのが正直な感想だった。
今まで、外出先に連絡が来たことは無かった。セルマンはもちろん、アマンダは、令嬢の常として、行先と予定くらいは伝えてあるが、二人で出かけるとは、ヴィアンカに伝えてはいなかった。
従僕は、伯爵夫人の手紙を渡して、セルマンに説明した。ヴィアンカは、偶然、迎えに来たロンサール家の馬車を見て、セルマンが邸に来て、すぐに帰ってしまったことを知った。そして、昼食の席に姉がいないのを不思議に思い、疑問を口にしたところ、周りは、うまく対応できなかった。二人で出かけたことを知って、大きな発作を起こし、パニックに陥った伯爵夫人が早馬を出した、ということらしい。
婚約者との久しぶりのデートを、その妹のために中止するなど、本来ならばありえないことだ。だが、何度も付き添ううち、セルマンは、発作にも程度があることを知っていた。そして、早馬が来ると言うことは、事態が切羽詰まっていることを意味している。
一瞬、アマンダと共に戻ることを考えたが、二人で出かけたことを知っての発作ならば、二人で顔を出すのは、どう考えても良くない。かといって一緒に戻って、別々に顔を出すのは、不自然。第一、アマンダでなくセルマンに連絡が来たことを、どう説明すべきか―――――そう逡巡していたところに、アマンダが声をかけてきた。
「侯爵家で、何か問題でも?」
それをそのまま信じた自分は、なんと愚かなことか。いくら、新しく雇われた従僕であろうと、未来のロンサール侯爵夫人として研鑽を積んでいたアマンダが、使用人を知らないなどとありえないことだったのに。自分が盲目だから、相手もそうだと思い込むなど、アマンダからすれば、侮辱されたようなものだ。
❝侯爵には愛する人がいないこと。今までも、これからも❞
母の言葉が頭に響くと同時に、疑問が浮かんできた。
あの人は、何か知っていたのではないか――――――?




