シュタイナー伯爵 セルマン 2
セルマンは、伯爵の質問に、敢えて、微妙にズレた答えを返した。嘘ではない。
「君には、負担をかけたうえ、娘の我儘でこんな結果になって、申し訳ないと思っている」
意外にも、ズレた答えは、そのまま受け入れられたが、半年という時間があったのだ。切れ者と名高い伯爵が、情報を仕入れるには、十分すぎる時間だ。セルマンがどう答えるのか、確認したかったといったところだろう。
「いえ、すべて私の不徳の致すところと承知しているので」
これは、本音だ。自分は、不徳どころか、情報収集を怠り、引き際を見誤った挙句、感情を抑えることすらできなかった愚かな男だ。
「いや、気づくのが遅れた私のせいでもあるし、色々と思い違いもあったようで、申し訳ない。だけど、幸い、アマンダは、やりたいことを見つけたらしいのでね」
「やりたい事、ですか?それは、一体・・・」
さすがに、これ以上責める気はないらしい。思い違い―――は、よくわからないが、謝罪までしたということは、やはり、何も言わずともわかっているのだろう。
それはいいとしても、何か不穏な空気を感じた。アマンダを、ひどく傷つけた自覚のあるセルマンにとって、彼女に何か打ち込めることができたなら、それは喜ばしいことだ。だけど、彼女が、普通の令嬢のようなことに興味を持つとは、とても思えない。
「私の仕事を手伝いたいと言ってきた」
それは、伯爵家のような上位の、それも裕福な貴族令嬢のやることではない。既婚の貴族夫人が、仕事で活躍することはある。比較的下位の貴族に多いが、高位貴族でも、稀にある。現に、母のロンサール侯爵夫人は、政府の高官として多忙な父に代わり、領地の管理、事業の折衝などに携わり、周囲からも高評価を得ている。ただし、それは、夫の庇護の下、その意向に沿っている、と見なされるからだ。優秀なのは夫であり、妻は、あくまでも、代理にすぎない。
令嬢となると更に厳しく、決して表には出ず、父や兄弟、婚約者の添え物、傍らにいて華を添えるのが主な役割だ。女性を働かせるなど、上流階級の男の沽券にかかわる。
事業は、きれいごとでは済まされない。冷徹に金勘定をし、時機を読み、あらゆる可能性を整理して、時には脅しまがいのことまですることさえある。未婚の令嬢のすることではないはずなのに、当然のことと言わんばかりに伯爵は続けた。
「新しい事業を始める準備をしていたから、ちょうどよかったと思っている」
――――――そういうことか――――――
本来ならば、その事業は、ロンサール家と共同で始めるはずだったのだろう。だが、婚約がこうなった以上、セルマンとアマンダが、共に行動できるはずがない。
シュタイナー伯爵は、アマンダを後継者に定め、今後の事業は、彼女を中心に進めていく、とセルマンに伝えているのだ。
シュタイナー伯爵家は、数代にわたって、事業に力を入れてきた。最近では、技術開発にも積極的に投資している。ロンサール侯爵家との結びつきにより、認可や事業権の許可も取りやすかったため、両家は、政界のロンサール家、経済界のシュタイナー家として、お互い融通しつつ、共同事業を立ち上げてきた。
政治は、議会制が導入されて以来、国王や高官の意向は、以前ほど反映されなくなりつつあった。時代の流れに敏感なロンサール侯爵は、シュタイナー伯爵の実業家としての腕を認め、息子とアマンダとの縁談を進めたのだ。
8才だったセルマンは、家柄、容姿、資質どれをとっても申し分のない令息で、ひっきりなしに縁談が持ち込まれていた。アマンダの方は、と言えば、言動がおかしい、態度が悪い、令嬢らしくないと散々で、ロンサール家の申し込みに対して、母である伯爵夫人さえ、会ってみて問題が無ければ、という至極消極的な返答だった。
こうして、ロンサール侯爵夫人主催のお茶会で、6才と8才の二人は、それとなく引き合わされた。と言っても、セルマンの方は、父であるロンサール侯爵から、事前に詳しい話を聞かされていた。
当時から完璧な貴公子と言われていたセルマンは、自分がこのお茶会で見極めるべきことは、婚約者候補であるアマンダに、将来の侯爵夫人たる資質があるか否か、二人でうまくやっていけそうか否か。その二点に尽きると理解していた。
実際にアマンダに会ったセルマンは、その突飛な言動に面食らったのだが、会話を続けるうちに、彼女の才覚に気付かされる。
それから、14年。
二人で切磋琢磨して築くはずだった未来が、今までの努力が、他ならぬ己の甘さによって、全て水泡に帰したと気付いた瞬間だった――――――




