シュタイナー伯爵 侍女エレナ 3
「全く、その通りだな。返す言葉もない」
一気に喋りまくり、肩で息をするエレナに、シュタイナー伯爵は、自らティーカップを差し出した。
エレナは、カップを睨みつけてしばし逡巡したが、一気に飲み干して、空になったカップを両手で包み込む。
お世辞にも、侍女を務めるような階級の女性に相応しい、とは言えない態度だったが、伯爵は、咎めなかった。
ややあって、エレナは、ポツリ、と漏らした
「なんで、あんなこと、認めたんですか・・・」
とても当主と使用人のやり取りではないし、お嬢様の侍女風情が主を責めるなど、いくら乳姉弟の娘と言えど、即座に馘首されても仕方がないくらいの暴挙だ。
それでも、エレナは、ここ数年の鬱憤を、ぶつけずにはいられなかった。
伯爵が、この屋敷の最高責任者。彼女の暴言にも動じず、平然と座っている、目の前の雇い主が認めなければ、こんなことにはならなかった。言わば、諸悪の根源なのだから。
ずっと、立派な当主だと思っていた。決して声を荒げたりせず、理不尽な要求もしない、思いやりがあって、公明正大な主人。それなのに―――――!
エレナを苛つかせる、そんな思いは、ほかならぬ伯爵の一言で霧散した。
「あまり、言いたくはないのだが―――――私が認めたわけではない」
「えっ・・・?」
苛立つ感情を必死に宥めていたエレナは、何を言われたのか理解できず、思わず、伯爵の顔をまじまじと見つめてしまった。
そんな彼女に、改めて、言いなおす。
「誰かが、私の言葉を違えて伝えた、ということだ」
「・・・・・・」
誰か?――――いえ、誰が?この屋敷の主の言葉を、誰が、故意に違えた――――?
「私が認めたのは、常識の範囲内で、必ずアマンダに話を通し、彼女が同席すること、が条件だ」
「そんな・・・?だっ・・・て、いつも、家令のハワードさんが呼びに来て・・・」
「ハワードが?何と言って?」
「旦那さまがお話がある、とか、言伝がある、とか毎回・・・」
「毎回?」
「毎回、です。月に二、三回のお茶会のうち、一回は必ず三人で――――アマンダ様と二人きりの時は、ほとんど毎回―――――」
「ハワードに、そんなことを頼んだことは無い。第一、私が把握している回数は、今までにせいぜい四、五回だ」
「じゃあ・・・誰、がそんなこと―――何のために・・・?」
困惑して呟くエレナの様子を見て、伯爵は、軽くため息を吐いた。侍女が知るべき内容を、完全に逸脱していることはわかっている。それでも、この娘は、アマンダが最も信頼する乳姉妹。
おそらく、今の話は、アマンダに正確に伝わるはずだ。
「発作を抑える薬は、ヴィアンカの身体には強すぎるんだ。長期間頻繁に服用すると、確実に命を脅かすことになる。誰か、については、これから調べる予定だ。できれば、口外しないでもらいたい」
頻繁に服用すると、命を脅かす―――?そんなこと、知らなかった――――ロンサール様は、知っていた?
それなら、アマンダ様は?―――アマンダ様も知っていた――――?だから、あんなことを―――――?
「エレナ?」
「は、はい。・・・あの、アマンダ様には――――?」
「話して構わない。あの娘のことでもあるからね」
未だ混乱の最中、エレナは、伯爵に促されて、ソファから立ち上がる。衝撃が強すぎて、足元が覚束ない気分だ。そんな彼女にドアまで付き添った伯爵は、思い出したように告げる。
「ああ、そうだ」
これ以上、何があるのか。そんな気持ちで見上げるエレナに、彼女の雇用主は、意味不明な頼みごとをする。
「アマンダに、寛大な意見は、変わらないのか、と聞いてもらえるかな」
「寛大な意見・・・ですか?」
「そう。それでわかるはずだ」
エレナの雇用主は、穏やかな微笑みを浮かべている。屋敷の使用人たちが挙って絶賛する、見目麗しい貌はいつも通りだ。だけど―――、同じく、ご立派な旦那さま、と称賛されるお方が、こんなに得体が知れないとは、思ってもみなかった・・・。
「お返事は、いつまでに・・・?」
「いつでも構わないが、早めに伝えた方がいいだろうね」
つまり、アマンダの意見を尊重する、と言いたいらしい。常々、エレナの母が食えない男と言い、アマンダがキツネ親父と言うその訳が、ようやくわかったような気がした。




