シュタイナー伯爵 アマンダ 4
伯爵編、ちょっと長くなってます。
もろもろの謎が解け、結末まで持っていくつもりなので、お付き合いください。
クライド・アドラム。男爵を名乗っているが、実は、アシュフォード候爵家の三男だ。学生のうちから実家の男爵位を譲り受けて、商会を立ち上げた社交界の風雲児。
独立の気風が目立ち、彼の事業は、裕福な庶民層から下位貴族が対象。確かに、彼もありだった。
だけど、難点がひとつ。彼は、セルマンと似ているのだ。
どこが、とは言えないが。三男とはいえ流石高位貴族、とでも言うのか、ざっくばらんにしていても洗練された動作、言葉の言い回し、考え方。とにかく、雰囲気がよく似ている。見目麗しく、女性に人気なところも、優秀で如才ないところも。
婚約者から離れるために利用する相手が、婚約者に似ているなんて、悪趣味なジョークとしか思えない。
―――― 彼は、一人いれば十分だ――――それが、真の理由。
「ただの勘です」
だけど、無難な答えを返しておいた。女の勘。男には絶対に突破できない、最強の武器。難点は、頻繁に使えないこと。
「なるほど」
じっと見てくる父。理由はわかっている、と言わんばかりの顔をしているが、追及する気はないらしい。少しはデリカシーがあるようで、何より。これ以上突かれたら何を口走るか、情けないことに、ちょっと自信がない。
「そういえば、少し前に、鉱山が競売にかけられて、ラドクリフ子爵家が落札したらしい」
「そうですか」
「リオン商会が、大部分の権利を持つそうだ」
リオン商会とは、オスカーが会頭を務める、彼の商会だ。ライオンをもじってつけた、と聞いている。
「君に協力した見返りをきっかけに、ずいぶん事業を拡げたらしいね。彼が子爵家に出資しなければ、アドラム男爵が落札していただろうと、専らの噂だよ」
「貴金属鉱山ですか?」
「いや、良質な鉄鉱石だよ」
何故、今そんな話をするのか、全く訳が分からなかった。アマンダに関係なくはないが、それほど重要だとは思えない。
そんなアマンダを見て、彼女の父は、ふっと笑った。
なんだか、ソワソワと落ち着かなくなるような、むず痒くなるような、そんな心持ちになる笑い方だった。
「さて、少し長かったが、僕の話は大体終わった。君から、何か言いたいことはあるかな?例えば、これからの希望とか」
「聞いてもらえるのですか」
「可能な限りは」
「だったら、私に仕事をさせてください」
「仕事?」
「お父さまの事業のお手伝いです」
「伯爵令嬢のやることじゃないね」
「お父さま。私、結婚は絶望的です。つまり、いずれ行き倒れてもおかしくはない、ということです」
「そこまで悲観的にならなくても、君が伯爵家を継げば、済むことだろう?」
「そして、爵位目当ての男と結婚しろと?」
「嫌なら、養子をとればいい」
意外なほど寛大な意見に、ビックリする。この父は、有言実行だ。甘言を弄したりはしない。だけど、それではダメだ。
「せっかくだから、色々試してみたいんです」
それに、と続ける。
「貴族でなければ、この傷を気にしない人と、出会えるかもしれませんから」
嘘だった。少なくとも、今しばらくは恋愛なんて、考えたくもなかった。
だけど、ヴィアンカがロンサール家に嫁ぐ以上、アマンダが伯爵家の後継ぎだ。今までヴィアンカの健康状態のせいで、彼女に婿を取るか、養子をとるかはっきりしなかったが、こうなった以上、アマンダに婿入り目当ての求婚が殺到するのは、火を見るより明らか。
その中には、断りづらい縁談もあるだろう。何といっても、シュタイナー家は、裕福な伯爵家。そのうえ、アマンダ自身❝完璧な令嬢❞として名高いときている。上位貴族の次男三男にとっては、大変な優良物件なのだ。
せっかく窮屈な立場から解放されたのに、それでは元の木阿弥ではないか。
家の評判は堕とせない。だったら、自分の評判を堕とせばいい。
顔に傷のある、自ら商売に勤しむ品のない令嬢。今まで被っていた猫を、少し外すだけ。簡単なことだ。
何より、自分に収入があれば、ある程度の勝手が許される。いずれは独立しても、いいかもしれない。
アマンダは、会心の笑みを満面に貼り付けて、どうだ、とばかりに小憎らしい父に提案した。
「養子は、お父さまがとればいいのでは?」