姉妹 3
姉妹編、最終話です。
目標は、❝天使たちの時間❞ 姉妹版です。古いかも・・・?
上手く纏まるといいのですが。
ヴィアンカは、決して姉が心配、それだけで部屋を訪ねたわけではない。
婚約者の、姉に対する未練を感じ取っていた彼女は、あわよくば、姉がオスカーに惹かれていてくれれば――――漠然とではあるが、確かにそう期待した。そして、それはないと知ってがっかりし、自分の醜悪さに気付いてぞっとした―――――その時、弦の音色が聞こえた。
アマンダが、オルゴールを鳴らしていた。
「憶えている?このオルゴール」
「お母様がくださった・・・」
「そうよ。私たちにデザイン違いで」
温かみのある旋律が、部屋に流れる。
オルゴールに合わせて、アマンダは小さな声で歌を口ずさんだ。しっとりと艶やかで、沁み入るような声は、不安と恐怖に固く凝った心をゆっくりと解してくれた。
「昔、私が、授業についていけない時や、マナーの先生にひどく怒られた時、よく貴女の部屋に逃げ込んだのよ」
「お姉さまが・・・?」
「そうよ。貴女は、安静にしてなきゃいけないから、人が来なくて、絶好の隠れ場所だったわ」
「・・・・あ」
「思い出した?」
幼い頃のヴィアンカは、ほとんど寝たり起きたりの生活だった。部屋を訪れるのは、ドクターと看護婦、使用人、両親と、自分より少し上と思われる女の子。
その子はたまに一人で現れて、短い時間を過ごし、やがて来なくなった。
あの女の子が、姉?そんなバカな。だって、その数年後に会った姉とは、全然違う。
「私が、うまくできなくて落ち込んでいたら、オルゴールを鳴らして、歌ってくれて」
―――私が、寂しいって泣くと、お母さまがこうやって歌ってくれるの。そうすると、なんだか、嬉しくて。だから、きっとあなたも元気になるわ!―――――そう言ったのよ。
ヴィアンカは、呆然と姉を見上げた。
あれが姉だなんて、考えたこともなかった。あの子は、なんというか――――面倒くさい、どうでもいい、何でこんなことしなきゃいけないの、とかそんなことばかり言っていたような気がする。少なくとも、優秀で努力家で、気品に溢れる理想の令嬢とは、全く別人だ。
そういえば、今の姉も、以前とは雰囲気が違う。
何というか、穏やか?優雅?違う―――もっと、こう、緊張が解けて、自然な感じ――――?
「誰だって、初めからうまくできるわけじゃないわ。そんなに慌てなくても、大丈夫よ」
ヴィアンカは、自分が幸福を奪ってしまった姉を見つめた。
本当は、泣いて許しを乞うて、これからどうしたらよいか教えてほしかった。だけど、それをしては、自分は最低な人間になってしまう。第一、これは自分たちの問題だ。誰に相談しようと、答えなどもらえるわけがなかった。だから―――――――。
「お姉さま、また歌ってもらえますか?」
予想していなかった言葉に、アマンダは、瞠目する。
「すごく、落ち着くんです」
貴族にとって、歌とは、プロが歌うのを聴くものだ。特に大きな声は御法度、が不文律の上流階級の女性にとって、自分で歌うのは、子守歌か、小さな子供の頃、母の真似をして口ずさむ程度と決まっている。
以前の姉には、こんなことは頼めなかったけど、今の姉なら――――。
「いいわ」
果たして、優しく笑って了解してくれた。だけど、と続ける。
「そのかわり、貴女も私に歌ってくれる?」
「え・・・?私が」
「そう、昔のように。ダメかしら?」
「ダメだなんて!」お姉さまが聞いてくださるなら、いつだって!」
ぱあっと、ヴィアンカの顔が輝く。
「だけど、ロンサール様は、はしたないと思われるかもしれないわ」
言外に、彼の不興を買ってもいいのか、と込める。
「だったら、秘密にしましょう!」
「秘密?」
「お姉さまと私、二人だけの秘密です。昔みたいに」
まるで、素晴らしい思い付きのように、胸を張る。嬉しくて、仕方ないというように。
「それは、素敵ね」
アマンダは、少し照れたように笑って答えた。
。
幼い頃、我慢も努力も嫌いで、何もしない病弱な妹が羨ましくて、嫌なことがあるとすぐに彼女の部屋に逃げ込んだ。
痩せて、顔色の悪い、小さな女の子。その子は、色々な体験ができるアマンダを羨ましいと言い、落ち込むと歌を歌って慰めてくれた。
ある日、その子が酷い発作を起こして苦しみ、母が死を覚悟して嘆くのを聞いた時、子供心に悟った。
死を間近に感じている妹に、不平不満を垂れ流し、慰めてもらっていた自分は、ろくでもない人間だ、と。
それから、少しずつ、他人を思いやるように気を付け、我慢をし、努力することを覚えた。今、完璧な令嬢と言われるのは、間違いなく、この妹のおかげでもある。
アマンダは、自分がヴィアンカを、優しい箱庭から引き摺り出したことを自覚していた。セルマンがいるのだから大丈夫だろう、と何の心配もしていなかったが、どうやら、そうでもないらしい。
理由はわからないが、あまり焦燥に駆られてほしくはない。また頻繫に発作が起こるようでは、せっかく画策したのが、全て水の泡ではないか。
なんといっても、二人きりの姉妹なのだ、二人だけの秘密があったって、誰からも非難される筋合いはない。たとえ、婚約者と言えども。
夕暮れの部屋に、オルゴールの音色と、そんな思いを込めて小さく口ずさむ歌が、ゆっくりと流れていった。
余韻のある終わり方を目指してみました。
二人姉妹、夕暮れの部屋に流れるオルゴールの音色に、小さな歌声。
情緒に流れすぎたかも・・・ですね。
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とても励みになります。
頑張って続けますので、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。m(₋₋)m