姉妹 2
「お姉さま・・・?」
控えめなヴィアンカの声に、我に返る。
「お顔の色が、よくないわ。どこか具合でもお悪いの?」
「大丈夫よ。それより、お父さまは、何のお話を?」
「それが、ただご挨拶を、と」
「挨拶・・・それだけ?」
「はい。それで、気になってしまって・・・」
「・・・・・・」
そりゃあそうだ、アマンダだって気になる。父とセルマン、オスカーだって実業家だ。婚約者同士のお茶会に乱入して、ただ挨拶だけなんて怪しすぎる。セルマンへの嫌がらせか、と勘繰ってしまいそうだが、あの父がそんな無駄な事するわけがない。
大体、ロンサール家とラドクリフ家に接点なんて―――――そこまで考えて、ヴィアンカが何を心配しているのか、理解できた。
「ラドクリフ様が、私の新しい婚約者だと思ったの?」
小さく頷く妹。どうやら、意に添わぬ婚約を薦められるのでは、と危惧しているらしい。姉を思いやる姿は、けなげで愛らしい。女の自分でもそう感じるのだから、ロンサール様はさぞかし――――そこまで考えて、はっとする。もう彼は、関係ない。前を向くと決めたのだから。
「大丈夫よ。しばらく婚約の話は無しって、お父さまも納得してくださったから」
「そうなんですね・・・」
まだ、不安そうな妹を見つめる。自分の心配をしてくれる優しい妹。だけど―――――。
「私のことは、大丈夫よ。それより、貴女も大変でしょう?」
浮かない顔が、さらに曇る。
――――――ああ、自分がこれまでやってきたことは、決して意味のないことじゃなかった――――――。
十数年に及ぶ努力。それは、すぐにとって代わられるほど、軽くはなかった。そう思えただけで、仄暗い感情に蓋をすることができた。大丈夫、私はこれからも自信をもって、生きていける。
ヴィアンカは、いつも正しく、自信に満ちた姉を見つめた。妹を慮って、ラドクリフ家との縁談を否定した彼女は、自分の言葉が、妹を更なる不安に突き落としたなど、思いもよらないだろう。
ヴィアンカは、半年前、アマンダが事件に巻き込まれた時、如何に自分が勝手だったかを思い知った。
自分が嫉妬して、姉と婚約者の仲を邪魔し続けて、姉に取返しのつかない傷をつけ、挙句の果てに家同士の契約をぶち壊した。誰も口にはしなかったが、仮にも教育を受けた貴族の娘だ。周りを注意深く観察していれば、嫌でも理解できる。
姉は、顔に傷痕のある侯爵夫人など論外だと、婚約解消を主張し、難色を示して会いたがる婚約者を拒絶した。散々揉めた末、事業の関係から、ヴィアンカが婚約者となったのだ。
ずっと恋してきた、姉の婚約者。二人が、自分の知らないところで睦まじく過ごすのを思うと、嫉妬のあまり胸が苦しくなり、それは激しい発作に繋がった。譫言で、彼の名を呼ぶほどに。
嬉しくないと言えば、嘘になる。だけど、こんな婚約が上手くいくのだろうか―――――その予感は、的中した。
セルマンは、いつも優しい。至らない自分を的確にサポートしてくれる。
先日行われた、ヴィアンカの社交界デビューを兼ねた婚約披露パーティーでも、好奇心丸出しのご令嬢、ご婦人方からさりげなく守ってくれた。
理由が理由だけに、ささやかな規模だったが、侯爵家と伯爵家が主体だ。それなりの地位にある家は招待せざるを得ない。そして、いかに優秀な婚約者と言えど、噂には為す術がなかった。
誰もが、表面では愛想よく接してくるが、同じその口から、心無い言葉が吐き出される。陰では、悪意ある囁きが蔓延る。それが社交界の常識だ。
初めてにしては、上出来、という大方の評価だったが、姉だったら、と思わずにいられない。
セルマンは、決してヴィアンカを責めない、急かしもしない。いつも穏やかに見つめて、大切に守ってくれる。それが、おまえには期待していない、と言われているようで、怖かった。
今まで、言葉の裏など考えたことがなかった、否、その必要もなかったヴィアンカは、初めて人の怖さに思い至る。
そして、その不安は、彼女の心を疲弊させるのに十分すぎるほどだった。
いくら優秀でも、純粋培養のお姫様にいきなり社交界デビュー、❝完璧令嬢❞の代わりは厳しいですね・・・。
自業自得とはいえ、心折れそうだな~と思いながら書きました。