番外編 姉妹 1
本編では登場しなかった妹、ヴィアンカとのお話です。
幼い頃の思い出、アマンダとの過去、婚約解消後のことになります。
相変わらず、現在・過去・未来が入り乱れた展開です。
なんだか長くなってしまったうえ、読みづらかったら、すみません。
「お姉さま」
ノックの後に現れた姿を見て、アマンダは、こっそりため息を吐く。
ヴィアンカ。淡い金髪に、光を取り込んで銀色に反射するブルーグレーの瞳。華やかで美しいのに、儚げで可憐という独特の雰囲気を持つ、二歳年下の彼女の妹。
その美しい容姿は、常にアマンダの癒しではあるが―――彼女は、美しいものの信奉者なのだ―――オスカーとの会話で、神経をすり減らした後に会いたくはない。
だけど、滅多に部屋になど来ない妹が、わざわざ訪れたのに無視はできない。
「どうしたの?」
「さっき、ラドクリフ様にお会いして・・・」
「オスカー・ラドクリフ様?どこで?」
「中庭で。お父様と御一緒だったわ。あの方が、お姉さまを助けてくださったの?」
父が。何の目的で?
あの父は、娘が言うのもなんだが、合理的で無駄なことなどしない人だ。
オスカーを招いたのは、あの事件の謝礼のためと聞いた。なのに、無関係な二人のお茶会に、彼を連れて顔を出した――――――?
「お姉さま?」
心配そうにこちらを見る妹。オスカーの名が、あの事件を思い出させたのか、と自分の軽率さを悔いているのだろう。
全く、この妹は優しすぎる。こんなことで社交界を渡っていけるのか、と思ったところで、その心配は、セルマンがすべきこと、考え直す。
問題しかない自分を、見事❝完璧令嬢❞に変えた手腕に期待しよう。第一、アマンダに求めたものと、ヴィアンカに求めるものが同じとは思えない。
「そうよ。彼がどうかしたの」
「ロンサール様が、気にされていたみたいで・・・・・」
「待って。なぜ、名前で呼ばないの」
「えっ・・・?」
「ロンサール様よ。婚約者なら、名前で呼ぶものでしょう」
社交界では、名前も呼ばせてもらえないのか、と侮られる。ましてや―――――
「だって・・・、お姉さまがずっとそう呼んでいらしたのに、代わったばかりの私が――――」
「代わったばかりなら、猶更よ。次にお会いしたら、こう言うのよ。『私のことは、ヴィアンカと呼んでください』って。そうしたら、『では、私のことはセルマン、と』と言ってくださるから、遠慮なく『はい、喜んで』と言うの。絶対よ!」
「わ、わかりました」
アマンダの勢いに、かなり引き気味に答える。
怯えさせてしまったか、と思ったが、そんなことはどうでもいい。まさか、自分のくだらない嫉妬が、こんなところに影響するとは。というより、セルマンは、何をしているのか。正式に婚約発表を済ませた令嬢を、家名で呼んでいるのか?
どうもこの二人は、もどかしい。あれほどの熱量で想いあっていたのだから、今頃は熱々で辟易させられてもいいはずなのに、一向に距離が縮まったという雰囲気がない。それどころか、ヴィアンカは、セルマンに疎まれているのでは、と言わんばかりに委縮している・・・ように見える。
とにかく、二人にはさっさと幸福になってもらわねば。こちらの感情も落ち着かないではないか。
幼い頃からの婚約者同士だった、アマンダとセルマンは、実は、すぐに名で呼び合うようになった。では、いつから変わったのかというと、ヴィアンカと三人で会うようになってから、アマンダが提案したのだ。
❝高位貴族として、あまりに馴れ馴れしい態度は軽んじられるから、お互い家名で呼び合おう❞と。セルマンは乗り気でなかったが、強く主張して、しぶしぶ彼が折れたのだ。
アマンダは、ヴィアンカとセルマンが名を呼び合うのを、聞きたくなかった。二人が、お互いの名を口にする時、そこには特別な響きが感じられた。アマンダの名を呼ぶ時とは、別の何か―――例えば、愛おしくて、切ないような――――――が、声にも表情にも確かに存在していて、それを目の当たりにしたくなかったのだ。
婚約者たるアマンダが、名で呼ばない以上、肉親は別として、他の女性が呼べるわけがない。逆もまた然り、だ。セルマンは、三人でいる時に、ヴィアンカだけに話しかけることはあまりなかったので、大した混乱もなかった。
今考えると、全く無駄な努力をしたものだ。そんなことをしたって、彼の愛情がアマンダに向くことなどなかったのに。
――――――苦い気持ちがこみ上げてくる。
ようやく押し込めた感情が、心の奥で不穏に蠢き出すのを感じて、アマンダは、気を落ち着けるために目を瞑った。
20年も一緒の屋敷で暮らしていたら、色々あるよね、と思って書きました。
悲喜こもごも、愛憎入り乱れて、複雑ながら丸く収まる、みたいな関係が理想です。
甘いかな~(;^_^A