エピローグ
「ああ、そろそろ時間じゃないの?」
オスカーは、アマンダの言葉に、は、と我に返る。
今日は、シュタイナー伯爵に呼ばれて伯爵邸を訪れたのを、思い出した。
伯爵に会うのが主な目的で、事件以来どうしているのか気になっっていた、アマンダに会う約束をついでに取り付けたのだ。
どうやら、案内してくれるらしく、席を立った彼女をエスコートしながら向かった方向に、焦りを覚える。
彼女からは、見づらかっただろうが、そっちには、セルマン―――元婚約者がいるはずなのだ。あんな話を聞いて、その場を去れるような男は、そうそういない。
「まあ、ごきげんよう、ロンサール様」
案の定鉢合わせした、その態度を見て、オスカーは、確信した―――アマンダは、セルマンに聞かせるために、あんな話をしたのだ、と。
しかし、当代一の貴公子と言われるセルマンは、
「久しぶりだね、シュタイナー嬢。元気そうで何よりだ」
内心はどうあれ、完璧な礼儀をもって挨拶を返してきた。穏やかそうに微笑んでさえいる。
さすが、❝鉄壁男❞。俺にはできない、というか、大抵の人間にはできないんじゃなかろうか。オスカーは、密かに感心する。
「ずっと会えないから、どうしているのか心配していたんだ」
「傷が、お見苦しいものですから」
アマンダも、手にした扇で傷を隠しながらも、❝完璧な令嬢❞の微笑みを貼り付けて、優雅に応える。オスカーに対するのとは、雲泥の差だ。
「いや、君の品格を損ねるほどではないよ」
「ありがとうございます。それでも、人前に出るのは、憚られますわ」
「私たちの婚約は解消されたが、関係が悪くなったわけではないし、君は、私の未来の義姉なのだから、会うのに支障はないだろう?」
暗に、もう会わないというアマンダの牽制を、直球で突破してきた。令嬢が傷を理由にしているのに、並みの執着ではない。
「ですが、妹は、何と思うでしょう」
ピリ、とその場に緊張が走る。
「ロンサール様は、あの子との婚約がご不満ですか」
直球には直球を。そんな言葉が聞こえてくるような反撃。先刻の会話を聞いた後では、破壊力抜群だ。聞いてるオスカーは、胃が痛くなった。この場から、逃げ出したい。
「・・・いいや、不満などないよ」
ややあって、セルマンが答える。心なしか、いつも自信にあふれる声が、力を失っているように聞こえた。
「よかったですわ!わたくし、お二人の幸福を心から願っていますの。どうぞ、あの子を大切にしてあげてくださいませ」
「ありがとう、心強いよ。ところで、私から君に、聞きたいことがあるんだが、いいかな」
「もちろんですわ。わたくしに、お答えできることでしたら」
「君は、いま、幸福なのかな」
穏やかな午後の庭園で、二人はお互い優雅に微笑んだまま
パチン
アマンダが、開いていた扇を閉じた。頬の傷が顕わになり、彼女の口がゆっくりと開く。
「ええ。わたくしは、幸福ですわ。ロンサール様と同じくらい――――――」
その言葉に、セルマンは、僅かに瞠目すると、どこか納得したようにつぶやく。
「そうか。私たちは、同等ということか」
「わたくしたちは、これで失礼いたしますわ」
アマンダは、それには答えず、優雅に腰を折って、辞去の挨拶をすると、そのままオスカーと歩き出す。
必要なことは伝えた。これで、彼は、無駄な罪悪感―――自分のせいでアマンダが襲われた―――を抱かずに済むだろう。
そのために、彼が父との会食を終えて、通りがかるだろうだろう時間に合わせたのだ。この後、ヴィアンカと中庭でお茶会をするはずだから。
ズキン、とまだ胸が痛む。十年以上の愛情は、荒療治にも屈せず、なかなかしぶとい。自分の執念深さに嫌気が差す。
アマンダは、愛する人との未来を失い、自由を得た。彼は、執着した婚約者を失ったが、愛する少女との未来を得た。
この上なく同等だ。
少なくとも、愛されない苦しみに耐えながら、他の女を優先する夫のために努力を続ける妻と、望む相手と結婚し、愛する女を最優先に考える夫などという関係より、よほどいい。その女が可愛い妹だなんて、地獄以外の何物でもない。
愛する人と結婚することが幸福だとは限らない――――――そう思い知らされた。
「この先の3番目の扉が、お父様の執務室よ」
「ああ、ありがとう」
遠ざかるオスカーの背中に、頑張って、と密かに激励を送る。
父と話して、彼は、どうするだろう。そして私は―――――?
アマンダは、軽く首を振った。
しばらくは、喪った愛の悲しみに身を委ねよう。ようやく得たこの解放感を、少しでも長く味わいたい。
――――――恋愛は、こりごりだ。あんな情熱は、もう二度と出ないだろう―――――
そう思うと、ささくれだった心が安まるような気がして、前を向いて歩き出したのだった。
一応これで完結です。
何とか纏まったでしょうか。短編のつもりが、長くなってしまいました。
セルマンの執着の原因とか、愛情深いけど、狸というより狐父の話などもあるのですが、あんまり長くなるのもどうかと思うので、そちらは、折を見ながら番外編として投稿していこうかな、と思っています。
完璧なハッピーエンドじゃないけど、誰もが50パーセントくらいの幸せで、それはそれで平等でいいのかな、とモヤモヤ満載の結末です。
セルマンの理想は高いので、いくら愛されてるとはいえ、ヴィアンカはこれからちょっと大変そうですね~。
何といっても、アマンダはいろいろ規格外なので。
よろしかったら、感想をくださいませ。m(₋ ₋)m