プロローグ
現在、執筆中の長編の、息抜きに書きました。
10,000字くらいの予定です。
よろしくお願いします。
「私は、自分勝手でわがままなのよ」
穏やかな昼下がりの庭園に、やわらかいアルトの声が、滲みこむように広がっていく。
声の通り、落ち着いた様子の女性は、優雅にカップを持ち上げて、紅茶を飲んだ。
「わがままで、自分勝手。人のことなんかどうでもいいの」
――――――だから、誰も私のこと一番に考えてくれないのよ――――――
それは、何かを諦めたようで、重荷を下ろしたかのような、清々しさのある不思議な魅力のある微笑みで、かすかに痛々しさを感じさせた。
「さあ。俺は、アンタのことをよく知らないから、同意できないな」
向かいに座った青年は、その様子を見守りながら、言葉とは裏腹に優しく、宥めるような声で答える。
場所は、裕福な伯爵家の庭園。美しく整えられたティーセットを前に、語り合うのは、いかにも上位貴族然としたご令嬢と、服装こそ貴族の子息だが、どこか庶民的な態度の青年。
ちぐはぐな取り合わせだ。偶然通りかかった彼は、そう思った。
別に、覗くつもりも、盗み聞きするつもりもなかった。だが、そこにいたのは、彼の元婚約者と、彼女の窮地を救った恩人で、彼は、事件後、何度も彼女と話し合おうとしたが、一方的に婚約を解消され、両家の事業の関係上繋がりを切れず、彼女の妹との婚約を余儀なくされたのだ。その場を離れるべき、とはわかってはいても、そうそう潔く割り切れるものでもない。
いきおい、次の会話を聞いてしまい、その場を離れられなくなってしまったのを、彼のせいだけにするのは、些か酷というものだろう。
会話の内容は、そのくらいの衝撃を彼に齎した。
「ありがとう、優しいのね。だけど、私は、ひどい女なのよ。知ってるでしょう」
「ん~・・・そこは、計算高いとか、冷徹、とか他に言いようがあるだろ」
「それもどうかと思うけど・・・」
ふふ、と彼女が笑う。楽しげな様子に、違和感を覚えた。
自分とは、あんなに距離が近かったことはない。いつも、節度を保ち、どこか他人行儀なよそよそしさがあった。不快感が沸き上がると同時に、ある考えが頭をよぎった。
――――――では、誰と距離が近かった――――――?
「ひどい女よ。でなきゃ、あんなことできないわ。そうでしょう?」
くすくす笑う彼女の言葉で、は、と我に返る。
彼が知る限り、彼女は、優しく穏やかで、人に慕われる女性だった。優秀で、いざというときに頼りになる、芯の強さを持ち合わせている。華やかさには欠けるが、その分、安心感を与えてくれ、次期侯爵たる自分の伴侶に相応しいと、周囲もそう評価していた。
その彼女が、自分をひどい女と言い、青年がそれを否定しないのは、どういうことなのか。だが、彼女の次の言葉で、そんな疑問は、瞬く間に吹き飛んでしまった。
「あなたのおかげで、円満に婚約解消ができたわ。とても感謝してるのよ」