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ノイズ(2)

夏彦の残したデータに違和感を感じる風人。急いで真木に連絡をとるが———

「いや、そういうことはどうでもいいんです。すみません、夏彦さんの横領のことなのですが、冤罪の可能性があります」

風人はSDカードの中にあった一覧表の事を説明した。

「なるほど、貴方の推理では、夏彦さんが海に落ちて遭難したことで、副社長がこれ幸いと夏彦さんに自分の罪を着せた、というわけね」

「その可能性が高いと思うのですが」

「1時間待って。今やってる仕事を片付けたらそちらに向かうから」

きっかり1時間後、真木が大原宅を訪れた。

そしてパソコン画面に広げた伝票一覧表に目を通す。

「なるほどね。私が調べたものとぜんぜん違う。これは物的証拠になるわねえ。だって、これが証拠だったら、夏彦さんが残しておくことそのものが自分を不利にするじゃない。私だったらすぐに消すわよ。残しておいた方がいい、そう思ったのならこれはやはり副社長の横領の証拠ということになるわ」

「僕もそう思います」

「以前、証拠のために会計システムのデータをみせてもらったのだけど、全て夏彦さんの権限で行われたというデータだったわ。データのオリジナルがこれで、誰かがデータを書き換えた」

「誰かって副社長しかいないじゃん」

リョーコが巻き毛でおおわれた眉間に皺を寄せた。

「動機は何かしら。それほどお金に困っているようでもないし。ギャンブルやってそうでもないわよね」

真木が腕組みをして、あごに指をあてて思案顔である。

「里美にお金が必要だったのかも」

響子が何かを思い出したようにつぶやいた。

「里美とは?」

真木が響子に聞いた。

「佐藤さんの奥さんです。私の同級生。言いにくいけど、今は不思議な会社というか、不思議な健康食品を扱っていて、先月うちにも来たんです。夫が亡くなったことを知っているはずなのに」

「それってもしかして『XXウォーター』のこと?」

「そうです」

「XXウォーターって何?」

リョーコが尋ねる。

「5年位前に尾道にできた会社で、ここ3年で急成長した健康食品会社よ。ミネラルウォーターが主力で、そのほかに健康食品も売ってるの。飲むと肌がきれいになるってくらいの宣伝ならいいんだけど、やせるだの、髪がきれいになるだの、しまいには癌が治るとかいって、ペットボトルに入ったただのミネラルウォーターをやたら高価で売ってるところ。薬事法、景品表示法にひっかかって、おまけに無限連鎖講にもあたるのよ」

「無限連鎖講ですか」

風人が呟いた。

「昔の言葉だとねずみ講ってやつね。今ではマルチ商法って言う」

ふふんと頷きながらリョーコが相槌を打った。

「商品を売ることで、その何割かを自分の利益と出来る。で、自分が紹介した売り子を8人つくることが出来て、その8人の売り上げの何割かをもらうことが出来る。その売り子も孫をつくることが出来て、その利益の何割かを得る」

「なるほど、数学が苦手な人たちを相手にした不法商法ってやつですね」

風人が言った。

「そうそう。8人ずつ子が増えると、6世代目には8の6乗で26万人以上になるのよね。これって尾道の人口が13万人だからほぼ2倍」

「とにかくいろんなところで法律に触れる商売していてね、お金をだまし取られている人がたくさんいるの」

「あくまで想像の範疇だけど、副社長の奥さんがこの怪しい会社にのめりこんで相当な金額を使い、それを補填するために会社のお金を横領した」

「夏彦さんがいなくなったから、これ幸いと夏彦さんに罪を着せた」

「そういう筋道がたつわね」

「でも、これ幸いって、タイミング良すぎますよね」

 風人が言った。

「良すぎるって?」

「こう考えてみるのってどうでしょう。ご主人がいなくなったから罪を着せたのではなく、罪を着せるために夏彦さんをいなくならせた」

「いなくならせたって、殺してしまったってこと?ちょっと飛躍しすぎてない?状況からすれば事故で海に落ちたとしか思えないんだけど」

真木が腕組みして言う。

「物事って、結局シンプルなところに帰結するんです。まず筋書きを据えて、つじつまの合わないことは熟考する。この話を聞いたときに、少しノイズがあるストーリーだなと思ったのですよ」

「ノイズ?」

「そう、このストーリーにはノイズがあるんです」


「この出来事をひとつの音とすると、いくつかノイズがあるんです。ノイズを除いて綺麗な音にするためには、夏彦さんの事故と横領の順番がノイズとなって邪魔をしているような気がして」

「ノイズねえ。だいたい、人を殺すって相当な動機が必要よ。副社長がたった3000万円ぽっちの横領で人を───全くないとは言えないわね。夏彦さんの件、自殺でもなく事故でもなく、他殺の可能性も考えてみる必要があるわ。確率としてはかなり低いけど。というのもね、半年前、警察でも自殺と事故の線で調べたんだけど、結局事故ということになったの。自殺する理由がなかったからね。横領を気に病んでということも考えられなくはないけど、この時点ではバレてなかったわけだし。佐藤のアリバイをもう一度調べてみる必要があるわね」

「僕の頭の中のストーリーでは佐藤副社長は奥さんの負債を補てんするために犯行に及んだ可能性が高いですね。何か特別な手段を使って、夏彦さんが支出したみたいに見せた。警察が夏彦さんの横領だと判断した材料は何なのですか?」

「MK電子から被害届が出て、こちらで調べでみたのだけど、会計システムの操作が夏彦さんの権限で行われていたわけ」

「システムに入ってデータを書き換えられる権限が必要ですね」

 風人は少しうつむいて言った。

「その証拠って見つけられるかしら」

リョーコが真木に問いかける。

「調べたら書き換えたログが残っているかもしれません」

とは風人。

「システムの中まで見せるってなると企業機密も絡んでくるだろうし、捜査令状が必要になるわね。でも署の方に再調査をしたいと申し出ても、はいどーぞとはいかないと思う。捜査令状を取るにはほかの証拠を見せないと難しい。いったん解決した事件をまた再捜査を行うっていうのは結構大変なのよ」

「佐藤副社長の奥さんが出資者になっているってことはほぼ間違いないわけですから、多額の出費をしているという証拠があればいいのでは」

「そうね。表立っては動けないから私の方でこっそり調べてみるわ。しかし、この短時間で良く筋道立てて推理できるものね」

「いえ、推理というよりも、余計なノイズを排除して考えるだけです。この世の真実って実はシンプルじゃないですか」

「出た、風人のシンプル理論」

リョーコが言ったが、少し揶揄の色が含まれていた。

「でももうひとつひっかかる小さなノイズがあるのですが、それは本筋とは関係ないので良しとします」

風人はそこまで言って口をつぐんだ。

「個人的な意見だけど、このおうちとてもいいのよね。売ってしまうなんて残念だわ」

「あんた、ここの居心地がいいのと、響子さんの料理がおいしいから言ってるだけでしょう」

「そうよ、居心地がいいから言ってるの。悪い?」

「一般人としては悪くはないだろうけど、警察官としてはいかがなものかと」

「このおうちと、このおうちの窓から見える風景は最高だって、冬樹も言ってました」

響子が優しい、しかし愁いを含んだ表情で言った。

「大丈夫。きっとご主人の冤罪を晴らせると思う。そして、このおうちを売らなくてすむことになる」

真木が決意を持った顔で言った。

(夏彦の横領でなく、佐藤が夏彦に罪を着せたものだと証明できれば、この家を売却せずに済むかもしれない。そうなって欲しい。真木は思ったよりも有能そうだ。きっと良い方向へ向かうだろう)

そう思い風人は大原宅を出た。


他人に干渉されない、干渉しないがモットーの風人が何故か魅かれた響子。

風人の一種独特な思考は事態を打開できる方向へ向かわせることが出来るのだろうか。


※次回更新は3月17日(金)になります。

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