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未亡人

少年に連れられ、訪れた家で風人は美しい少年の母響子と出逢う。

しかし、家には空き巣が入っていて――――


風人が車を停めると、助手席からいつの間に出たのか、冬樹が、華奢な女性の方に向かう。冬樹の姿を見た華奢な女性が歩み寄ってくる。風人もリョーコを抱いて後を追う。

「お母さん、どうしたの?」

華奢な女性が冬樹の母親らしい。

冬樹の後ろに立つ風人。

「おうちに空き巣が入ってね。お父さんの部屋の窓が割られて気が付いたの」

不安そうな顔をした母親が、冬樹の後ろに立つ風人に気が付いた。

「そちらの方は?」

「僕、バスを待ってたら怖い男の人に会って、それをこのお兄ちゃんとリョーコさんが助けてくれたんだよ」

「冬樹を助けて下さったの?」

 母親は最初驚いた顔をして、そして深々とお辞儀をした。

綺麗なお辞儀だった。

「すみません。うちの子がご迷惑をかけたみたいで」

風人は数瞬、冬樹の母に見とれた。

「いえいえ、僕はただ通りかかっただけで」

 「そうよ、一緒にパンも買ったの」

 風人が前抱きにしているリョーコがしゃべったので、母親に驚きの表情が浮かんだ。

 「ん?びっくりした?私リョーコ。よろしくね」

そこに冬樹の母と話していた、背の高い目つきの鋭い女性が風人に歩み寄って来た。

いぶかし気な目で風人を見た。

 「君は誰?」

 「誰と言われても」

 「こちらに何か用事?」

 「用事といえば用事なのですが」

 「怪しい男ね。職業は?このあたりの人じゃないでしょう?」

 「僕は日花風人と申します。ナークという劇団に所属していまして」

 「劇団員なの?」

「はい」

 女性がじっと風人の顔を覗き込んだ。少し踵のある靴の高さを差し引いても風人より5センチほど背が高い。

「言われてみれば綺麗な顔をしているわね」

「真木さん、私、その人は怪しい人じゃないと思うんです」

真木さんとは、この背の高い女性の名前らしい。

「大原さん、この男の人と知り合いなの?」

「知り合いというわけじゃないですけど、息子がお世話になったひとで」

「そうなの?」

「はい」

「私は尾道署の真木さおり。見ての通り警察官」

と、真木は両手を広げて見せたが、警官の制服を着ているわけではなく、スーツ姿である。

背が高く、スタイルも良い。ただ身体が大きいだけでなく、ちょっとした動きで体が筋肉質でありしっかりした体幹をもっているとわかる。そして顔立ちに意思の強さが現れていた。ひょっとしてこう言う人がテレビドラマで見る「刑事」なのかな、と風人は思った。

大人たちの話は面白くなかったのか、冬樹は風人に目配せすると家の中へ入って行った。

「で、君、劇団員ってことだけど、どんなことしているの?」

警察という人種は、不審に思えばとにかく詳細に諮問するものなのだろう。

「うちの劇団は人形劇団ですから」

「へえ、きれいな顔しているから、てっきり役者さんかと思った」

 そう話をしているところに、紺色の制服を着た警察官が割って入った。冬樹の母に確認をとる。

 「確認します。ガラスが割られて、空き巣が家の中に入って、カメラが盗られた。それ以外は盗られていないのですよね」

 「はい、分かっているうえではほかに何も」

 「最近のカメラはお金になるものねー。どれくらいするカメラだったかわかります?」

「確か、レンズも含めると40万くらいはしたと主人が言っていました」

「40万!!最近多発している高級機材を盗んで現金化する空き巣の可能性高いわね」

「空き巣、多いのですか?」

 響子が聞いた。

「そうなのよ。被害届があちこちから」

「ご主人の部屋のものは何も触らないようにしてください。念のため指紋を調べます。もうすぐ鑑識が来ますから」

警官が念押しをして、家の方へ歩いて行った。


見れば、冬樹の母親は、ほっそりとしているが整った美しい顔をしていた。

少し明るい色の髪が肩のラインで切りそろえられ、知的な輝きを湛えた大きな切れ長の瞳が印象的だ。名前は響子というらしい。


鑑識の簡単な調査が終わり、警察が帰る頃には日も暮れ始めていた。

検査が終わったのを確認すると、風人は軽キャンパーからプラスチックボードを取り出し、窓の枠の大きさをメジャーで測ってその大きさに切り、両面テープで外から窓枠に貼り付けた。一見白い不透明な窓のように見える。

「へえ、手慣れたものね」

「劇団で雑用みたいな仕事ばっかりやってますからね。こんなの朝飯前です」

「劇団員っていろんなことが出来るのね」

「風人は立派な庶務兼前座兼雑用係なんだからね。見くびらないでよ」

「それ、自慢になることなの??え?ちょっとまって!びっくりした。ワンちゃんしゃべるの?腹話術なのこれ?」

「いえ、腹話術じゃなくて姉が話しています」

「わあ、マジな顔してそんなこという人だったんだ、ちょっと引くわ」

「悪かったわね」

リョーコが小さな牙を見せて毒づく。

「ほんとにわんちゃんがしゃべってるみたい!凄いね君」

「風人は凄いってさっきから言ってるでしょ。特にお金には細かいのよ」

リョーコがフンとどや顔。

「姉さん、いちいちフォローになっていません」

ふうとため息をつく風人。

少年の母響子と真木は失笑した。


日が暮れ、家の中に、響子と冬樹、真木がテーブルについていた。

真木は、響子が置いた小さなケーキを普通に食べている。

冬樹はゲームをしているのか、下を向いていた。

「君もここに座りなよ」

風人にも席につくように促す真木。

「大原さんが言うならともかく、貴方にすすめられても。そういえば、何故、刑事さんが今日被害にあったばかりの人とこんなに打ち解けてるんですか?もともと知り合いなのですか?」

「知り合いと言えば知り合いよね」

真木はコーヒーを口に運びながら言う。

「お名前は日花さん、ですよね?よければそこに座ってください」

今度は響子が促した。

大きなテーブルに、真木と風人が並んで座ることになった。向かいの席に響子と冬樹が座っている。

冬樹の前には黒いタブレットが立ててあった。風人からすれば見覚えのある機材だ。

「液タブですか?」

風人が響子に尋ねた。

「あら、ご存じなんですか?芸術関係の学校を出てらっしゃるの?」

「はい。造形の傍らWEBデザインもやっていました」

「私ね、フリーのイラストレーター兼WEBデザイナーやってるんです。主人と知り合ったのも、この仕事が縁で」

「なるほど」

「日花さんもよかったらケーキでも?美味しい珈琲淹れますよ」

「いえ、そろそろご主人が帰って来られると思うので、挨拶したら失礼します」

風人の言葉に、被せ気味に「莫迦!」と真木が声を出し、そのあとしまった、という顔をした。

明るかったリビングが、急に重い空気に包まれた。

冬樹はうつむいている。

響子は立ち上がり、キッチンから珈琲の入ったガラスのポットを持ってきた。ゆっくりとテーブルの真ん中に置き、風人の向かいに座った。そして、やおら口を開いた。

「主人はもういないんです」

響子が話し始めた。


 響子の夫、冬樹の父である大原夏彦は、半年前に堤防から転落して亡くなったとのことだ。

 夏彦は釣りが趣味で、その日は因島からひとつ愛媛寄りの生口島に一人で釣りにでかけ、そのまま帰らず、翌朝になっても連絡がないので探したところ、生口島南ICから近くの堤防に夏彦の釣り道具がおいたままで、彼の姿は無かったという。

 別の堤防から釣りをしていた者がいたが、夏彦がいたと思われる場所から何か落ちる音を聞いたらしい。当日は梅雨前線の影響で夜半から強い雨が降り海も荒れ、捜索は難航した。

 海保が捜索したが発見することは出来ず、2週間が経過し操作は打ち切られた。そのあと1か月ほど会社や親戚、漁業組合や消防団が捜索したが結局見つからなかった。

 事故と自殺、失踪の可能性があり、尾道署が調べたが、落ちた音がしたことなどから事故と判断したそうだ。

 しかし、その後夏彦の勤める会社で3000万円にわたる不正支出が発覚した。予備費から流用されており何に使ったかは、わかっていない。支出伝票に夏彦だけの決裁があり、材料購入として充てられていたが、購入されたはずの材料が見当たらない。夏彦が横領したとみて間違いないという。

 響子からすれば夏彦は非常に細かい性格で、横領などするとは思えないという。また、横領に使った先が思い当たらないというのだ。

 横領の額の賠償を求められ、夏彦がいなくなり収入がなく、とても払うことができなかったが、夏彦と仲の良かった副社長の計らいで夏彦名義の自宅の売却で補てんすることになったとのことだ。

 真木は夏彦の捜索段階からこの件に関わっていた。

真木が視線を送った先、リビングの片隅に親子三人で写った写真が小さな額に入れて立ててあった。


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