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陰キャぼっち大学生ライバーがリスナーと紡ぐ短編の森  作者: ヒムロイド・ルイボスティー
3/3

第3話「オーバー・ザ・ディメンションⅢ」

三か月ぶりですw

 ――どうやら、僕は恋に落ちたらしい。 


 初めて「ユビキタス・セイレーン」のライブを見に行ったその日の夜、俺はどうしても勉強に集中できなかったため、仕方なく早めに布団に潜った。

 そのライブは、たまにはこういう日があってもいいのかもしれないと思いなおす契機となった。

 

 しかし布団に潜ってみたはいいものの、夕方の光景が脳裏に色濃く焼き付いてしまって、思考を無にしようとしてもそれはかなわなかった。

 延々とあの光景がループ再生されて、体が熱くなってしまって、目もパッチリ覚めて眠気が上陸作戦を企てることもなかった。

 やがて、布団の中でただ体をもごもごさせているだけの時間が一時間ほど過ぎた。


 いてもたってもいられなくなった俺は、「ええいままよ」と布団から飛び起きてパソコンを起動し、「ユビキタス・セイレーン」についていろいろ調べた。

 普段なら「こんな時間があれば、勉強をしろー!」と己に喝を入れているところなのだが、今日に限っては理性は煩悩に完封されていた。



 さて、どうやら彼女らのデビューは最近で、メンバー全員この街周辺の女子高校生らしい。

 同じ高校生でありながら、デビュー間もなく多くの人を釘付けにする魅力を持つ彼女たちを心の底から尊敬する。

 ひとりひとりメンバー紹介を見ていくと、どの子も可愛くてスタイルも抜群だった。

 まさに闇夜に浮かぶ星々のように輝いていた。


 センターの子はまさにリーダーという感じの性格だった。

 紹介PVを見たところ、その声で集合を掛けられてしまえば運動部員ならだれでも即座に応じるような――そんな力強さ、そしてカリスマ性を感じた。

 他の子も目を引く個性を持っていて、人気沸騰するのは時間の問題だろう。


 だがしかーし、俺の心を射抜けるのは彼女しかいない。

 例の金髪ショートの美少女だ。

 名は、「すずね」というらしい。彼女にぴったりの名前だ。

 歌声と寸分違わぬ鈴のような声が、ただ歩く姿のみですら軽やかな身のこなしが、煌めく青色の瞳が、俺の心を鷲掴みして離さないのだ。


 彼女の紹介PVは何度見ても飽きることなく際限なくリピート再生を行って、気が付けばそれだけで一時間は経っていた。

 軽く二十周はしている計算になる。


「……いかんいかん。これに時間を費やしている場合ではない」


 俺はそそくさと「ユビキタス・セイレーン」の公式サイトを最小化し、動画配信サイトを開いて夕方に聞いた曲のMVを視聴した。

 やはり、すずねがかわいかった。

 センターの子に多くフォーカスされる裏で、眩い笑顔で歌って踊っている彼女の姿が脳内に再び刻印されて、俺の昂ぶりは治まることを忘れてしまった。


 結局その日は寝ることができず、いつも起きる時刻より早くから勉強を始めた。

 でもやっぱり集中しきれなくて、さすがにやばいとは思いながらもどうすることも出来そうになくて、机につきテキストとノートを開きながらも頭を抱えて悶々として日の出を迎えた。


 目の下にクマはできていたが、勉強に熱中していて寝るのが遅くなったと言えば、母がそれ以上言及してくることはないだろう。

 そんな心配をしていたのだが、そもそもクマのことを訊かれることすらなかったので杞憂に終わった。


 家を出ても頭の中はすずねのことでいっぱいで、駅に着いたときにはわざわざステージがある方に迂回してからホームに向かった。


 さすがに眠気が襲来してきたのか授業は夢うつつの状態で受けた。


「気を引き締めなければ、あの魔法少女に再び見えることはできないぞ」


 そう意気込んで帰りの電車に乗り込んだはいいものの、降りる頃にはもうすずねのことしか考えなくなっていた。


 電車を降りると体が勝手にライブ会場へと向かっていて、昨日より少し増えた観客たちと共にライブを盛り上げた。

 無論、俺はずっとすずねを目で追っていた。

 まだ少し不慣れな感じはあったが、楽しそうな彼女の姿を見ているとこちらまで楽しくなった。


 興奮冷めやらぬうちにライブは終了し、俺はテンションマックスのまま帰宅した。


「ただいまー!」

「おかえり。最近やけにテンション高いわよね。何かいいことでもあったの?」

「うん。あのさ――」


 俺は今アイドルにはまっているということを母さんに打ち明けようとしたが、何か危険を察知して言葉を止めた。

 そもそも俺はなぜアイドルにはまったのか?

 元々は俺のすべてだった二次元を、成績不振を理由に封印されたからだ。

 ではもし今ここで、俺がアイドルに妄信的になっているとばれれば、それすらも奪われてしまうのではないか。

 そうなったら、俺は何をモチベに勉強をすればいいのか。


 今この場で俺の今のブームを明かすことは、不利益しかもたらさないと気付いた。


「やっぱなんでもない」

「ふーん。そう?」

「うん」


 言いかけてからやめたのがよくなかった。母さんはとても訝しんでいる。


「あーわかった! 彼女だ! 彼女ができたんでしょ」

「……え?」

「そうに決まってるわ! 全然隠さなくったっていいのに」

「いや、ちがくて……」

「そういうことなら私は大歓迎よ! あ、でもあんまり羽目を外しすぎちゃだめよ」

「あーもう、うん。それでいいや」


 俺はこれ以上会話を続けるのが面倒だったので、イマジナリー彼女持ちという惨めなステータスを得ると引き換えにこの地獄から解放された。


 部屋に戻ると、改めて自分が愛するものについて考えを巡らせた。

 本来俺が好きだったのは、画面の中のあの娘だ。

 俺は最近のアイドルに向けての好意を、恋のそれだと決めつけていた。

 少し冷静になって考えてみた。

 そして、実は彼女がいなくなってしまった心の隙間を埋めるために、アイドルに恋に落ちたと自分で錯覚させているだけなのではないかと思ってしまった。


 結果、俺はわからなくなってしまった。

 俺はこのまま自分の気持ちをはっきりとさせないまますずねを推してもいいのか。

 現状を維持すると、俺は勉強が手につかず、次のテストでも間違いなく高得点を取ることはできないだろう。

 あの娘をとるか、アイドルを取るか。

 俺は重大な岐路に立たされていた。


「――どうすっかな」


 そう言いながら一旦考えることを放棄して、俺はとりあえず勉強することにした。

 机にテキストとノートを広げて、今日の復習と明日の予習を試みた。


 十分と経たずに俺は寝ていた。

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