列車は目的地へとたどり着き青年は秋に成長する。
今、私は列車の中にいる。故郷を旅立ち都会で学業を修めに行くのだ。私は大学生であり、夏休みも終わる頃である。夏の蒸し暑い空気とともに故郷は遥か遠くへと離れていく。美しき自然と愛情深い人々とはしばし離れ、計算高いビル群と愛憎渦巻く人のるつぼへと飛び込んでいく。車窓から見える悠久の山々は次第に姿を換えゆくだろう。トンネルを抜ければ山を越す。山を超えれば街を超す。
ここまで書いて私は顔を上げる。これは、私の新たに書いている小説の始まりだ。今、私がいるのは、実家である。私は作家を志望し、大作を仕立て上げようとしているのだ。私が大学生であれば、きっと、このような経験をしたのだろうと思う、その思いを、小説へとしたためるのだ。これから書くのは、春学期を過ごし、理想と現実の差に気がついた秋学期の予定だ。しかし、書き出したは良いものの、プロットが一切定まらない。ああ、小説の神様よ、なにか良い案はないものか。
それを聴いた神様は、一つため息をつく。彼に憑く神様は、貧乏神だ。小説家に憑いた経験はあるが、もちろん売れなかった。貧乏神は弱く優しく愚かしく、しかし長く存在していた。はじめに生まれ出たのは、おおよそ狩猟採集の時代であり、その頃に憑かれた者は、貴重で美味しく栄養もあるようなものが取れなかった。それから長い時代を過ぎて、数々の者に取り憑いてきた。人類の進歩は生活の質を上げ、脈々と受け継ぐ社会は弱者をも救ってきた。貧乏神はその中に存在してきた神だ。取り憑いた者の生活は次第に良くなっていく。それを見て貧乏神は、自らは弱い福の神だと、弱者救済こそが務めだと、勘違いしてきた。良い小説の案を考える。これが自らの今の務めだと考える。
私はとある短編集を読んでいる。その短編集は、無名の新人作家からの寄稿により、同じテーマで短編集を作る、という企画でできた。私の読んでいるこの小説はそれの四作品目だ。今回のテーマは列車であり、この小説は、はじめの二百字程度はそれに合っているようだが、それ以降は次々と立場を変えて書かれており、あまり列車のテーマにはそぐわないようである。とはいえ、この短編集は、テーマこそ決まっているが、そのテーマに必ずしも沿い続ける必要もなく、実際これまでには、テーマを誤解して書かれたものがそのまま載ったこともある。私は、いつも小説を読む際は、一気に最後まで読み切るのだが、今回は途中で顔を上げて、キッチンへとミルクを飲みに行った。マグカップの中のミルクはなぜだかいつもより甘そうに見える。
甘いミルクの味は読者の心を踊らせる。
心のダンスは貧乏神を浄土に導く。
その情景は小説家の夢へと表れ出る。
夢は小説を繋げ列車は都会へと辿り着く。
秋の都会は青年を一段と成長させるだろう。




