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ひとり旅  作者: 田中浩一
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西鹿児島駅の構内で叫び声がした。白髪のやせぎっちょなお婆さんが杖で男の人を叩いていた。

「こん、バカたれが!」すごい剣幕と、ものすごい形相で阿修羅のごとくに杖をふりおろす。駅員と警察官が駆け付け止めようと後ろから羽交い締めにすると、

「なんスッとよー!この変態がー!」まったく手がつけられない。結局上半身と脚を捕まれて持ち上げられていなくなった。

「怖いね」口々にいいながら、構内は平静を取り戻していった。

西鹿児島駅に待つ、寝台特急「はやぶさ」に母と乗り込む。帰りは安心だ。長身でお喋りな伯母さんも、ココまで見送りに来てくれた。久しぶりに、鹿児島市内を見てみたいという。

眼鏡かけの僕は、亡くなった伯父さんに似てきたと、お盆中に何度か言われた。伯母さんも、

「じゃっど、しゃっどなぁ!」と、しきりに頷いていた。

席に座って窓の外の伯母さんに手を振る。僕は毎回、鹿児島から帰るときは泣いていたが、さすがに小4の夏は泣かなかった。でも、外の伯母さんはなんだか寂しそうだった。ふざけて、小さい頃に見たモノトーンの映画のまねをしてみた。

窓ガラスに、くちづけ。

すると、伯母さんもガラス越しに・・・。

そのあと、ハンカチで何度も涙を拭いていた伯母さんは、目に映る僕を透かして誰の面影を見ていたのだろう。

動き出した汽車の向こうの伯母さんは、もう追いかけては来なかった。

鹿児島に帰省するときの楽しみが、関門トンネル。行きはいつも寝ていて悔しい思いをしていたが、帰りは見るぞっと、意気込んでいた。長い熊本を過ぎて、一瞬寝てしまったが、直前に目が覚めた。母は寝ていた。

(来た来た!)心のなかで歓声をあげた。トンネルに入ると一気に、音響が車内に集まった。窓から見える世界に、世界に、・・・世界は室内灯の反射と自分の顔が影絵になって 映っていた。 ガッカリしたけど、鼻を窓ガラスに擦り付けて見ると、見えてきた外の世界。ケーブルが走っていた。思いっきり速いスピードで後ろに走っていく。僕は頭のなかでそれに赤色をつけた。赤いケーブルはシュルシュルと音をたてて暴れていた。その、最奥から何者かが走ってくる。

「僕だ」自転車に乗った僕が、この狭いトンネルのなかの壁を走ってくる。近づいてくる僕だと思った顔はいつのまにか、さっきのお婆さんになりものすごい形相で僕に迫ってきた。

(早く早く!)と汽車を叩いたが、あっという間にお婆さんは窓ガラスに張り付いてきた。べちゃっと張り付いた、大きな口。僕は怖くて目をぎゅっと閉じた。

しばらくして、瞼の外が明るくなったので、こわごわ目を開けると明るい景色が広がっていた。見られたんじゃないかと母を見ると、口を開けてまだ寝ていた。子どもの頃の僕は時々、空想が激しくなりすぎて現実に戻れなくなることがあった。

団地の4階に着いた。久しぶりの我が家は、ヌワッとしたぬるい空気によどんでいた。名刺が郵便受けから落ちていた。住宅販売伝でんと書いてあった。それを見た母が、少し嬉しそうだった。そんな母を見るのは僕も嬉しかった。

でも、その時の誰にも、未来に流す涙はわからなかった。

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