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異説竹取物語

作者: 武田武蔵

 私が月に帰る迄の話を、此処に紡ぐ事にする。

もう、既に誰かも忘れてしまったが、私は竹の中で誰かを待っていた。それだけは思い出せる。

 遠い昔、月に住む私は、天から人の愚かさを知るようにと遣わされ、赤ん坊の姿で竹の節に包まれていた。

 もう既に年月は何百年もたち、天で聞かされたように、人の愚かさをうんざりとするほど知ったので、そろそろ月に帰りたい。

 そう思っていた時だった。

 竹を割る斧の音が聞こえ、射し込んだ日の光で目が眩んだ。

「おや、まぁ、竹の中から愛らしい赤ん坊が……」

 私を見つけた翁は言った。もう既に晩年を迎えている歳だろう。

「私を育ててくださいまし」

 赤ん坊の姿だが、本来の私は年を取っている。翁を驚かせるように、私は言った。

「おぉ、既に話す事も出来るのか。優れた赤ん坊じゃ。嫗も喜ぶだろう。よしよし、家に連れて帰ってやろう」

 絹のおくるみにくるまれた私をあやすように揺さぶりながら、翁は答えた。

「生活に困っているのならば、この絹のおくるみを売ってくださいませ。私には、もう直ぐに必要が無くなります」

 私は言った。本当に、その通りだったからだ。この星に住むモノたちの数倍の早さで、私は成長した。

 私を育ててくれた翁と嫗は、子供が出来なかったようで、本当の娘のように、私を育ててくれた。やがて、私が拾われて五年が経ったある時、都へと引っ越しをした。

 私は美しいと評判になり、様々な者から求婚の申し出が来た。私は結婚をするつもりもなかったので、求婚者に、決して手に入らない物を欲した。

 求婚者たちは皆、私を手に入れようと、偽りの物を持って現れたり、中には命を落とした者もいた。この世は愚かだ。夜、瓶に溜めた水鏡に己の姿を映し、私は改めてその美貌に、恐怖した。

 時の帝から求婚されたのは、死んだ求婚者たちへの哀しみで、涙が枯れ果てた頃だった。それと共に、月に帰る日も近付いて来ていた。

「ヒトに拾われて、十五年。それが経てばお迎えに上がります」

 そう言って頭を下げたのは、月にいた頃の侍女だった。そろそろ、十五年になる。

「姫よ、どうか私の妻となって欲しい」

 と、誰かの手引きで帳を引き上げ、私の褥の中に入り、帝は言った。月明かりに照らされたその端正な美しさは、端から見れば似合いの二人となるのだろう。

「申し出ありません。私はもうすぐ月に帰る身。他にも貴方のお気に召す方はいらっしゃるでしょう」

「月へ……」

 帝は暫く考えてから、

「ならば、兵を集め、それを阻止するまでだ」

 そう言って、私の身体を奪って行った。

 帝が私の褥を訪ねた数日後、とうとう私が月に帰る日となった。私は帝と共に後宮の一番奥の部屋にいて、その傍らには翁と嫗の姿があった。外には兵士が弓を構えて月からの使者を待ち受け、地上にも、槍を持った兵士が待機していた。

 私が開かれた御簾から天を見上げると、月からの使者が近付いて来るのがわかった。不思議と、十五年間育ったこの星に未練はなかった。ただ、私を育ててくれた翁と嫗に、最後まで手放さなかった絹のおくるみの代わりに、不老長寿の粉薬を渡した。

「姫よ、本当に行ってしまうのだね」

 嫗は私にすがって泣いていた。それを慰める翁の姿があった。

「不老長寿の薬などいらない。どうか、もう少し私たちの側に居ておくれ」

「無理なのです。父上様」

 この時初めて、私は翁に逆らった。

 やがて、月からの使者が訪れる。彼らの奏でる笛の音は、皆を深い眠りに誘う。雲に乗った使者は、後宮の中庭に降り立つと、約束をした侍女と共に現れた。

「姫様。お迎えに上がりました。この星はいかがでしたでしょうか」

「悪くもなかった」

 立ち上がり、私は答えた。そうして、眠る帝と翁と嫗を見遣り、

「私を愛してくれて、有難うございます」

 そう言って、踵を返した。

 ふかふかとした雲に乗り込む。雲は荷車を抱いていて、その中に入り込んだ。

「月へ帰ったら、日記を書こう。この事を忘れないように」

「それも宜しいかと」

 共に乗り込んだ侍女は言った。

 最も、日記の筆は進まず、何百年も経ってしまった。

 私は筆を置いた。

 不意に思い出したのは、私を初めて見た翁の顔だった。


少し大人の竹取物語になります。楽しめて頂けましたでしょうか?

面白かったらブクマ、評価、感想などお待ちしております!

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