5.辺境伯領
日付けが変わって、本日1話目です。
秋も深まり収穫祭も終え、人々は冬支度を始め、狩猟の時期が来た。
グランデ辺境伯領でも毎年大きな狩猟祭を開いていて、今回はブラッドも私の婚約者として招かれている。
狩猟祭の最終日に開かれる、一族全員が揃う夜会で正式な発表をするのだけど、もうすでに知っている人も多く、ちょこちょこ席次の関係がある場所では、私とブラッドは後継者の席に座ることもあった。
だからと言うか、やっとと言うか、私とブラッドはだいぶ仲良くなっていて、少しは恋人らしく見えるようになったと思う。
今も仲良く手を繋ぎ朝の散歩から戻ってきたところだった。
「ステファニー、ブラッドリー、おはよう。相変わらず仲がいいな」
「おはようございますグランデ卿」
「おはようございます。おじい様」
おじい様は上機嫌で声を掛けてきた。
昨日おじい様と手合わせしてそのお眼鏡にかなってから、ブラッドの扱いが更に良くなったようだった。
これで一族への心象はもっと良くなって、次期辺境伯をブラッドが名乗っても反感が出なくなるかもしれない。
それは私にとっても喜ばしいことで、早く彼が婚約者だと正式発表したくて仕方なかった。
そんな浮かれた私に、おじい様が何か思い出したように告げる。
「そうそう、今日はデニスがこっちに着くらしい」
「そう」
「一応知らせておこうと思ってな」
「ありがとう。でも、平気よ」
「それなら良いが、何かあったらすぐ言いなさい」
そう言っておじい様と別れた午後のこと。
ちょうどデニスたちが到着したようだ。
しかし部屋へ案内されたはずが何だか騒がしい。
「どうしたのかしら?」
私は気になって彼らが通された客間へと急いだ。
* * * * *
部屋にはグランデ家の侍従セボスを相手に、ブリトニーを連れたデニスが文句を言っているらしい。
「だから、俺の部屋はここじゃなかっただろう?」
「ですが、デニス様はこちらのお部屋をと申しつかっていますので……」
「いらっしゃいデニス。久しぶりね。ブリトニーさんもようこ……」
「ステファニー、良いところに! お前からも言ってくれよ」
「ちょっと待って。何があったの?」
いきなり話を振られて私は混乱した。
「セボスが俺の部屋はここだって言うんだ」
「え? デニスの部屋? ここで間違ってないわ」
「はぁ? お前なに言ってるんだ? 俺がいつも使っていた部屋はここじゃないだろう?」
そう言われてやっと意味が分かった。
去年まではデニスが私の婚約者で婿も同然だったから、デニスの部屋は辺境伯本家の家族が使う東棟の一室だったのだ。
でも今年はもう私との縁が無くなって、分家の一人に戻った。
だから普通の客間に変わっている。
それをデニスは忘れているんだわ。
「デニス。あなたはブリトニー嬢と結婚するのでしょう?」
「そうだけど?」
「だから今年はこの部屋なのよ」
「はぁ? それとこれとは関係ないだろう」
困ったわね。
今は頭に血が上ってて正しい判断ができてないんだわ。
どう言ったら分かってもらえるのかしら?
「とにかくこんなところで大きな声で話しても良くないわ。どうか落ち着いて話しましょう。セボス。悪いけどお茶をお願いできるかしら?」
私は部屋の応接セットに座るように促してみる。
デニスは不服そうで立っていたけど、ブリトニー嬢はくたびれていたみたいで、デニスの袖を引いて三人掛けのソファーにピッタリ身を寄せて座ってくれた。
私も戸口に立って待ってくれていたブラッドに『座ろう』と目で合図した。
学園は一緒だし、同じ騎士科だから知っているはずなのに、胡乱な目を向けられて困ってしまう。
でも、ブラッドに席を外させる必要性を感じなかった私は、肩をすくめて視線をやり過ごした。
* * * * *
私は最終日の夜会を待たずに、もう彼を紹介してしまうことにした。
「ブラッド……。こちら分家のデニス・アンバー殿。それからデニスのお付き合いしているブリトニー・フォールン嬢よ」
「はじめまして、ブラットリー・ローマンです。この度ステファニー・グランデ嬢と婚約致しました。今後ともよろしくお願いします」
「え? 婚約? そうなんだ。おめでとう」
デニスはちょっと驚いていたけれど、ここに彼がいる理由が分かったからか、変な目で見ることはなくなった。
二人があいさつを返さない無作法は予想できたので、もうこの際無視しよう。
それよりブリトニーの様子がおかしい事のほうが問題だ。
「ローマン様……」
彼女はブラッドがこの部屋に入ってきた時から、ボーッと彼を見つめていて何だか嫌な感じがする。
「ご婚約って?」
「最終日の夜会で発表するんだけど、デニスは幼なじみだし、社交界デビューのパートナーのこと、もしかして気にしてるかなって思って、先に紹介したのよ」
私の都合を考えず、恋人のことをこっちから聞くまで黙っていたデニスに、ちょっとだけ嫌味をこめて言ってしまったんだけど、それくらい良いわよね?
「あぁ、そうなんだ」
だけどデニスに嫌味は通じなかったみたいだ。
「そうなんですか……」
デニスの代わりにブリトニーが不服そうに呟いた。
学園の噂の時も思ったが、この子は見目良い男性すべてから自分が称賛されると思っているような気がする。
デニスは本当にブリトニーと結婚して大丈夫かしら?
彼女がちゃんとデニスを支えてくれると良いのだけど……。
幼なじみで元婚約者としては、どうしても心配してしまう。
だけどそれは大きなお世話だろうと思い直した。
「デニス。彼女は俺がエスコートするから、安心してくれていいよ」
「あ、あぁ。相手が決まって良かったな」
ブラッドの若干イラついた声にハッとした。
もしかしたら、エスコートの約束があったのに恋人を作って報告もしなかったことをブラッドは怒ってくれているのかも……。
以前の私なら、婚約者としての気遣いと思ったかもしれないが、彼の気持ちを聞いた今、これは純粋に好意から来るものだと分かって、ちょっと照れてしまう。
そんな浮かれ気味の私に突き刺さるのは、ブリトニーの鋭い視線。
彼女の態度は私の神経を逆撫でする。
デニスがいるのにブラッドにまで色目を使わないで欲しい。
お読みいただき、ありがとうございました。
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今後もみな様に気に入っていただける作品作りを心がけようと思っていますので、よろしくお願いします。
昨日に引き続き、複数回投稿を行なっていますので、話数をお間違えの無いようにお願いします。