36.ゴールディー準男爵邸〈ブリトニーside〉
いよいよ残すところあと2話です。
〈ブリトニーside〉
やっと馬車という名の監獄から出してもらえたのは、ゴールディー準男爵家のエントランス前だった。
くたびれていい感じで寝てたのに起こされて、ちょっとムッとした。
けど、馬車から出られるんだと思えば、瞬時にそんなの吹っ飛んだけど。
待ちに待ったこの瞬間。
これからは嫁に迎える気なのだし。
『大人しくしてたら良い暮らしはさせてくれる』
お父様がそう言ってたもの。
すぐに結婚式する訳でもないんだからしばらくは大丈夫。
その間にどうにか逃げ出す事もできるわよ。
そう思って余裕で出迎えの人に挨拶したわ。
「これはこれは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。私はケビン・ゴールディーと申します。ブリトニー嬢をお待ちしておりました。父はまだこちらに来ていませんが、お部屋はもう準備できておりますので、後ほどご案内致しましょう」
「ありがとう。でも、まずは湯浴みがしたいんだけど」
「あぁ、気が付きませんで……。アン、湯浴みの準備とお手伝いを」
そう言って手配を整えてくれた。
この青年が、話からして家を継ぐという長男なのだろう。
という事は、私を探してお父様と話を進めたのもこの人だ。
銀髪にアイスブルーで二十代後半くらいの青年は、私ににっこり笑顔を向けると「では後ほど」と言葉を残し、その場を去っていった。
「ブリトニー様、こちらへどうぞ」
「お願いね」
私は湯浴みのために年配の侍女に客間へ案内された。
なぜ自室ではダメだったのだろうと疑問に思ったけど、久しぶりのお湯に浸かって体を洗われ、マッサージまで済む頃にはすっかり忘れてしまっていた。
しかもケビンは私のためにたくさんのドレスを用意して、アクセサリーだって見たことがないほど大きな宝石を使った物で……私は浮かれきっていた。
そして夜はケビンとの晩餐会、食後には素晴らしく美味しいデザートが並ぶティータイム。
実家よりずっと上等な暮らしができる予感に、思わずハゲ親父と結婚も悪くないんじゃないかと考えたわ。
でも、やっぱり疲れていたのかしら?
段々眠くなってきて、ケビンが人を呼んで「ブリトニー嬢を部屋へ」と言ったのまでは覚えている。
そして翌朝目が覚めて……。
見慣れぬ天蓋、見覚えのない家具。
あぁ、そうだった。
ここはゴールディー準男爵のお屋敷だったっけ。
そう思って起き上がり呼び鈴を探した。
でもどこにも見つからない。
おかしいわね。
仕方なくベッドから降りて部屋の扉を開けようとドアノブを回す。
「ん?」
回らない?
そんなバカな……。
ガチャガチャ、ガチャガチャ……。
何度やっても押しても引いても開かない。
試しに横に引っぱってもダメだった。
チッやられたわ……。
「ちょっと、誰か!」
「少々お待ちください」
ドアの向こうから冷静な声で即答され、さすがに驚き固まった。
「そこに居るの? ねぇ、ドアが開かないんだけど? どうなってるの?」
「すぐに若旦那様がお見えになりますから、そのままお待ちください」
「え? 若旦那様? ケビンさんの事?」
もう必要な事は言ったとばかり、一切の返事が無くなった。
ドンドンと叩いても、声をかけてもダメ。
こうなったら体当たりかしらと、勢いを付けて走り出そうとしたら……。
「やぁ、もう起きたんだ」
ドアの隣りの壁に掛けられた絵が消え、ケビンが額の中から顔を出した。
「あなた、こんなところに私を閉じ込めて、どういうつもり!?」
「こんな所とは心外な……。世界中から色々集めさせて、公爵家にも負けない部屋を用意したつもりだったんですけど。お気に召しませんでしたか?」
「そういう事じゃないでしょう? なぜ閉じ込めたの? 私、暴れたり逃げたりしなかったじゃない」
せっかく大人しくしていたっていうのに、失礼にもほどがあるわ。
不愉快さを全面に押し出して文句を言ったのだけど、ケビンにはちっとも響いてない。
彼はニヤニヤしながら話を続けてきた。
「そうでしたね。ですから実に助かりました。暴れると使用人が怪我しますし、何よりあなたに最初から傷があると、父が嫌がりますからね」
「えっ……」
「お父上からお聞きになりませんでしたか? 父のこだわりにも困ったものでね。若い娘さんなら何でもという訳ではないのですよ」
蔑みを含んだ言い方にカチンとくるが、同時に得体の知れない怖さから背筋を震えが走る。
「年齢の幅も、容姿も、趣味が煩くて……。幸いあなたは父の好みド真ん中です。貴族の娘というのもポイントが高い」
「ひ、人を物みたいに言わないで!」
「おや? あなたは高い代償と引き換えに嫁に来たのですから、大して変わりはないと思いますよ? だからこそ、逃げられると困ります」
「に、逃げる? 私そんな事しないわ。本当よ」
頭の隅で考えていた事を言い当てられ、思わず焦る。
声が震えないようにするだけでも必死だった。
「そうですか。まぁ、どっちでも構いません」
「どういう事?」
「今夜には父もこちらに来ますから」
「ゴールディー準男爵が? 来るの?」
そんなに早くなくても良かったのに……。
「はい。ですから今夜まで大人しくここにいて下さい」
「え?」
「今夜、その部屋で父と過ごしてもらいます」
「は?」
「運が良ければ、明日には出られるかもしれませんよ?」
「どういう……?」
「ですから。今夜が『初夜』だと言ってるんですが、分かります?」
「えぇ~!」
嫌よ!
なんで私が、ハゲ親父と結婚しなけりゃならないのよ~!
「何をそんなに驚いているんですか?」
「だって私たち、夫婦じゃないのよ?」
「もう我が家に来られたのですから、時間の問題です」
「で、でも……初夜って結婚式してから迎えるものでしょう?」
「あぁ、お貴族様はそうらしいですね」
「そうなのよ!」
あぁ、やっと分かってくれたのね。
安心したわ。
このまま結婚式をする前に油断させて、何とか自力で逃げなくちゃ……。
「ですが、平民は違います」
「はい!?」
「本人たちが結婚の誓約さえすれば、普通にその日の夜が初夜ですよ?」
「えぇっ! そんな……嘘でしょ?」
「嘘なんて言いませんよ。事実です」
あまりの事に目眩がする。
準男爵とは言っても一代限り。
肩書きだけで中身は平民なんだ!
あぁ、こんな事でショックを受けるなんて、私もやっぱり貴族の令嬢だったんだわ。
こんな事で確認できても嬉しくないけど……。
「あ! そうよ。結婚誓約書!」
「誓約書がどうかしましたか?」
「書いてないわ! サインなんかしてないもの!」
希望の光が見えた!
私は勝ち誇ったように叫んだ。
すると、ケビンがスルスルと一枚の丸めた紙を広げた。
何だろう?
よく見ようと近寄ってみる。
「コレですよね? 未成年は親が書きます。お父上にサインもらってますから、大丈夫ですよ」
「え、え、え、えぇー!」
私はその場にヘナヘナと座り込んだ。
もう顔を上げる気力も無い。
「お分かり頂けたようですね。では食事などはこの窓から差し入れ致します。父が来るまでは本当にドアは開けませんから、よろしくお願いします」
その日、本当に夜まで部屋の扉が開くことは無かった。
そして次の朝、私はゴールディー準男爵夫人として新たな生活を始めることになったのだった。
次はいよいよ最終話。
エピローグ〈ケビンside〉 です。
この話の半年後、舞台は引き続きゴールディー準男爵邸です。
よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
 




