35.ドナドナ再び〈ブリトニーside〉
〈ブリトニーside〉
王都から馬車で揺られて丸一日。
その間一度も、私は馬車を下ろしてもらえず、この無駄に豪華な車内で過ごした。
丸一日よ。
私を一体なんだと思ってるのかしら?
食事はパンとチーズ一切れのみ。
飲み物は冷めた紅茶とお水だけ。
しかもトイレに行きたいって言ったらどうなったと思う?
「バスルームですか? 体を清めたいのでしたら、明日までは無理です」
「体を清める!? そうじゃないわよ! ちょっと考えたら分かるでしょう?」
「はぁ……」
もう、察しが悪いわね。
バカなの!?
頭にきて怒鳴ったら、お腹に力が入って余計に辛くなったじゃない!
「俺たちは雇われ御者でね。この馬車の鍵は開けちゃいけないって契約なんで。それにカギ預かってませんしね」
「はぁ? 開けられないの? そ、それじゃあ……***は、どうするのよ……」
「え? 何ですか?」
「だ、だから……」
「だから?」
「トトト、トイレよ!」
恥ずかしくって情けなくって、涙目で叫んだわ。
なのに……。
「あ〜ぁ。便所ですか。それなら座席を持ち上げてください」
「座席? 座席って……この重そうなのを?」
「はい。多分前側のを開けるとあると思いますよ?」
「……」
私はもう限界が近付いていて、これ以上この男に文句言ってる場合じゃなかったの。
だから目の前の座席を急いで調べたわ。
勢い付けて押し上げたら少し座面が持ち上がって、光が差した先に見えたのは、ヤケにリアルなアヒルのお顔。
「ア、アヒル?」
何でこんなところに陶器製のアヒルの置き物が?
まさか!
嫌な予感て大体当たるってなんでかしら?
もっとチカラを入れて半分くらい押し上げたら、そこにあったのは……。
「何これ、オマルじゃない!」
しかも、誰が用意したのか、お高そうで芸術性溢れた感じの仕上がり。
私にこれで用を足せと?
まさかの展開に呆然としていられたのは僅かのこと。
私の生理的欲求は限界に近かった。
「ちょっと、本当にコレなの?」
「あ、ありました? それ使ってください。俺たちホント、鍵開けられないんで」
「そんなぁ……」
「あ、それともうすぐ休憩終わりです」
「休憩が終わる? それが何か……?」
「え? 走り出すと多分用足すの大変だと思いますんで、今のうち済ましたほうが良いんじゃないかと……」
思わずギョッとして振り向けば、上品そうなアヒルと目が合った。
『乗る?』
染料で書かれた目で、そう聞かれた気がした。
あ、あんたに私が跨るの?
コレしかないの?
でも背に腹は代えられない!
私はプライドをかなぐり捨て、ソレを使うべくあと半分を押し上げる。
「何で!? コレ最後が一番チカラ要るじゃない!」
これ以上お腹にチカラを込めると大惨事になりそうで、私は必死に絶妙な均衡を保ちつつ、危機的状況を打破するため頑張る羽目になったのだった。




