34.始まりの少し前〈第三者side〉
〈第三者side〉
まだ夏の暑さが残る今日この頃。
グランデ辺境伯は自身の書斎で頭を抱えていた。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで酷いとは思ってなかっただけに、彼は実の孫ステファニーにも、ヤラカシた張本人のデニスにも悪い事をしたと後悔するのだった。
「旦那様、ではこれでよろしいのですか?」
「あぁ、仕方ない。デニスは諦めよう。しかしあのままに放ってはおけん。アイツはワシが直々に叩き直す」
もうデニスの処遇は半分以上決まっている。
この辺境騎士団の士官学校で、一日中見張り付き。
そして現役騎士でも必死で逃れたがる、当主自ら行う地獄の特訓で扱かれるのだ。
それに加えて、デニスは今まで免除されて来た勉強のほうも、デニス専用に組まれた家庭教師チームが強制的に常識人として必要な物を仕込む事になっている。
多分辺境伯領以外の場所でこれをされたら逃げるだろうが、デニスはこの土地からは出て行かないだろうという事まで見越しての処遇で有る。
幼い頃からこの辺境伯の領主館にステファニーと姉弟のように暮らし、辺境騎士団の子弟と共に育ってきた彼は、今更実家の子爵家に戻しても居場所など無い。
それならばせめて、将来は辺境騎士団に入り幼なじみの友人や知り合いの中で暮らせるようにするくらいはしてやらなければ……。
親元から引き離して育てた責任というのもあるし、やはりバカでもかわいい孫としか思えない辺境伯の情でデニスは多少救われたかに思われた。
もっとも、狩猟祭後に更なる試練が追加されるのだが……それによってデニスが後悔するのはまだ先の話。
そしてもう一つ。
この辺境伯領を継ぐことになるステファニーのことは……。
こちらは新年の王宮舞踏会で社交界デビューが控えていて、絶対ではないが婚約者がエスコートするのが慣例である。
慣例を破って痛くも無い腹を探られるのは避けたいのなら、早急に相手を選ばなければならないだろう。
「この際だ、武門の一族は勿論だが、それに限らず各方面で有能な子息に打診しよう。そうそう、ある程度の能力が有れば、容姿の優れた者もな」
「容姿でございますか?」
年頃のステファニーの相手ともなれば、容姿で選びたくなるかもしれないと考えたのだが……。
これまで辺境伯家に婿入りする者で、容姿で選ばれた者は皆無である。
たまたま剣の腕や魔法の能力を買われて、その人が容姿も整っていた例はあるだろうが、それとこれとは別だろう。
長年勤めてきた老齢の家令は首を傾げるばかりだ。
「ステファニーのなるべく気に入る者を選ぶつもりだ……」
「それはお嬢様もお喜びになりましょう。そうとなれば、早速リストアップ致します」
今度は納得したようで、家令もニッコリ笑ってその場を辞した。
* * * * *
グランデ辺境伯の命により、各方面から多くの候補者が集められる。
「各家の当主宛に婚約者候補の打診をするそうよ」
「辺境伯は仕事が早いな」
各家の当主宛に婿入り候補者の打診が行くと、メイシーから情報を得てグイドは素直に驚いていた。
しかしステファニーから辺境伯家のスケジュールを聞いて、こんなに急いでいる理由を知る。
「ねぇ、どうしてそんなにステファニーの相手を気にするの?」
「いや、だってメイシーのお気に入りの友だちなんだろう?」
「……もしかして、誰か紹介したい人でもいるの? それなら私協力しても良いわよ?」
メイシーは変な所に勘が良い。
隠しておきたいと思った時に限って、些細な事から嗅ぎ付けて正解にたどり着く。
グイドは降参とばかりに両手を上げた。
「えーと、メイシーはブラッドリーをどう思う?」
「ローマン家の?」
「うん。前に何回か会ったと思うけど……」
「あんまり話した事が無いから分からないけど……普通に良い人そうよね? もしかして……?」
「そうなんだけどね……」
「そうねぇ。サミュエルとか言ったら怒……ちょっと考えちゃうけど、ブラッドリーなら紹介しても良いわよ?」
メイシーは失言手前で舌を出し、ソフトに言い直した。
彼女の仕草に微笑みつつ、グイドはその話に乗ってこない。
どうしたのかと不思議そうにメイシーが首を傾げる。
「それがね、自力で候補者に選ばれて、正々堂々ステファニーに会うって言っててさ……」
「あらら……」
「コネくらい使えば良いと思うんだけどね」
苦笑するグイドは『色々後ろ暗い事をして罪悪感を抱いているからね』という言葉を飲み込んだ。
しかし人の努力というものは必ずしも報われない。
このやり取りからそう遠く無い未来でブラッドリー含めた三人は、想定外の出来事に見舞われる。
それにより、日ごろ滅多なことでは慌てないブラッドリーでさえ取り乱す事になろうとは、誰も想像すらしていなかった。
「サミュエル。お前なんであんな無茶な蹴り方したんだよ」
「いや、あれはホントに足元が狂って……」
「しかし……脳震盪で済んで良かったな」
「あぁ。俺、殺されるかと思ったよ」
「当たり前だ」
「でもブラッドリーが顔色変えるとか、レアだったな」
「あれは相当慌ててたな」
しみじみ言うグイド。
「でも、これでグイドが紹介する手間は省けたぞ?」
ニカッと笑うサミュエルに、これは無駄だとグイドは天を仰ぐ。
きっとこれも神の思し召しと信じるしかなさそうだった。




