33.暴走
〈第三者side〉
今まで学園内の誰もが静観していた問題が、水面下で動き始めた。
グイドから仕入れた情報でメイシーとシンシアが手を打つ速さは尋常ではない。
特にシンシアは侯爵家のコネを最大限に利用して、瞬く間にブリトニーの悪行を集めてきた。
そこにメイシーがグイドからせしめてきたデニスの資料と付き合わせ、二人を黒だと断定。
「前から知り合いだったとか、気が合ったとか仰っても、やはりあの二人の距離感は頂けませんわ」
「それに、これ見ると……どう考えてもあの子がヤツを唆してる」
メイシーが鼻息荒く、デニスとブリトニーの出逢いとされる調査書をテーブルに叩きつけた。
シンシアはメイシーを刺激しないようにそっと手に取り目を通す。
これによれば、以前デニスがお忍びで街に出た時に初めて二人は顔を合わせたとされていて、ご丁寧にその時同行していた者の証言まで取ってあった。
「一緒にいたのはスミス伯爵の長男と、ジョンソン子爵の長男……ですか」
「学園ではヤツより先にそのどっちかと偶然再会してるのよね? えーと、茶髪に栗色の目? どっちかしら?」
「どっちって……髪色はともかく、二人とも瞳はブルー系……ですわよ?」
「え?」
二人はキョトンと顔を見合わせた。
髪色は変える方法は沢山あるだろうが、瞳の色を変えられるなどとは聞いた事がない。
「と言う事は? デニスはワザと『運命の再会』を仕組まれた?」
「でも、なぜそんな事を……?」
「可能性? ……でしょうか? あの方が居なければ『自分が辺境伯に選ばれるかも?』という……」
「まさか……でも、あり得なくもないか……」
しばし二人は考え込み、手がかりとなる人物が気になった。
「それなら……その人は誰かしら? 仕掛け人自らっていうのは考え難いけど、繋がりを辿れば……」
「茶髪と栗色の瞳……ですか? 多過ぎて誰だか分かりませんんわね」
「やっぱりそうよねぇ。だってそんなありふれた色じゃ……グイドの侍従|だって当てはまっちゃうわ」
二人は肩をすくめてため息を吐く。
「ですわね。それにしても……あんなに分かり易いハニートラップ。普通は引っかかりませんでしょう?」
「……そうね。あれじゃあ、例え今回はステファニーが許したとしても、絶対次もあるわよ」
「否定できませんわね……」
「そのたびに毎回大変な思いをするなんて許せない。ステファニーがかわいそう過ぎる!」
「他家のことに口を挟むのは、はしたない事と思いますが……あの方に辺境伯は重荷ではありませんの?」
シンシアの沈痛な面持ちを前にメイシーが深く頷く。
そして心配そうにしながらも、疑問を投げかけた。
「ステファニーはアイツの事、好きって感じでは無かったわよね? 本当のところはどうなのかしら?」
「以前、あの方の事は夫と言うより、弟というか……家族だと思っていると聞いたことがあります」
「それなら、これがハニートラップでも、真実の愛でも関係ないわね。私ステファニーにはもっと素敵な旦那様が良いって思っていたの。いつまでも長引かせるより、もうハッキリ教えても良いんじゃないかしら?」
「……そうですわねぇ。何か陰謀めいたものが感じられるのが心配ですけど、噂好きのカレン辺りから伝わるより良いかもしれませんわね」
「それなら私、グイドにその『陰謀?』それに何か思い当たる事がないか聞いておくわ。
「でしたら、それが分かってから……それからステファニーに伝えましょう」
二人はまったく知らない。
その陰謀は様々な人々が関わっているが、そのうちの半分以上が自分の知り合いだとは……。
そしてその一端を担う者に、今から直接問い正そうとしているとは……。
次の日。
正義感に燃えたメイシーは、いつもならグイドと二人で過ごすお茶の時間でも険しい表情を緩めてはいなかった。
「メイシー? どうしたんだ?」
かわいい婚約者と楽しい時間が過ごせると期待していたグイドは困惑気味に話しかける。
「シンシアと話し合ったんだけど、絶対にアイツと例の女を再会させた誰かがいると思うの!」
「え゛……」
「だって、スミス伯爵子息も、ジョンソン子爵子息も、茶髪では無いでしょ?」
「は?」
「だから。学園内で例の女に再会した最初の青年は、茶髪に栗色の目をした人なのよ」
グイドは辛うじて驚きを隠し、自分の婚約者を見詰める。
背中をツーっと冷や汗が伝った。
待てまて、なんでそんな事知ってるんだよ!?
ブリトニーへの接触には相当気を遣ったはずなのに……なぜ?
メイシーは一体どっからそんな情報仕入れて来たんだ!?
「えーと、その茶髪の青年に怒ってるのか? それでそいつを見つけようとか?」
「え? あぁ、そうじゃ無いわ。もうそれは良くなったの」
安堵の息が漏れそうになって必死で堪えるグイド。
そんなことはまったく知らないメイシーは「そんなことより」とグイドに向き直る。
背筋を伸ばしたグイドは、真剣な面持ちでメイシーの言葉を待った。
「もうこの際、アイツは例の女と仲良くしたままで良いんじゃ無いかと思って!」
「うん」
「だから、ステファニーに教えてしまおうと思ってるの。それで……」
「それで?」
ここまで来るとメイシーの思考がどこへ向かうのか、グイドにも分からない。
メイシーと出会った時からずっと、彼女の突飛な行動に驚かされて来た思い出が脳裏を駆け抜けドキドキが止まらない。
「ステファニーはアイツと婚約なんてさせない!」
「え!? 何するつもりだい?」
「この秋、一族が集まる時に正式なお披露目があるみたいで、それまでに二人の関係を終わらせて、新たにステファニーにお似合いの素敵な婚約者を迎えられるようにするのよ!」
「あぁ。なんだ……」
グイドは心底安心し遠い目で宙空を眺めた。
「『なんだ』って?」
「いや、何でもないよ。うん。俺もそれにはぜひ協力したいと思ってね」
「わぁ。グイドも手伝ってくれるなら安心ね。とにかくステファニーを早くフリーにしなくっちゃ!」
メイシーはとてもご機嫌だ。
そのご機嫌ついでにポロッと口を滑らせる。
「ステファニーがフリーになったらきっと大変よ?」
「大変?」
「そうよ。武門の家に婿入り候補は居ないか打診が行くはずだもの。きっとおじい様が国中から選りすぐりでお相手を集めるんじゃないかしら?」
「……グランデ辺境伯が? ステファニー嬢じゃなくて?」
「そうよ。もちろん彼女の意見は優先だけど、候補者を選ぶのはおじい様でしょうね」
「……なるほど」
「ステファニーを大事にしてくれて、何でもできる感じの、カッコいい人が見つかると良いのだけど……?」
「……それはスゴイ争奪戦になりそうだね」
楽しそうなメイシーとは裏腹にグイドは頬を引き攣らせる。
絶対変なヤツが選ばれないようにしないと……。
変に領地に引き篭もるような奴ではメイシーが頻繁に遊びに行きたがるかもしれない。
それにあんまり社交的過ぎても、一緒に出かけて変な男に目を付けられかねん。
と言うか、ここはブラッドリーに頑張ってもらうしか無いだろう。
とりあえず、ローマン一族の代表は死守してくれると良いが……。
メイシーとのお茶会で、ゆっくりしていられないとソワソワするなんて……。
グイドにとって人生初の珍事となった。
 




