27.進み行く道②〈ブラッドリーside〉
〈ブラッドリーside〉
「え? なに? なんで? 騎士伯のほかに、何が要るんだよ?」
「……お前が、メイシーの友だち紹介しろって言ったからだろ?」
「メイシー嬢の友だちって、ほとんど貴族の令嬢だぞ?」
グイドと俺がこれだけ言っても、サミュエルは首を捻っている。
こいつは俺たちが幼なじみで、いつも気安く連んでいるからあんまり身分差を気にしていないのかもしれない。
だがしかし、俺はともかくグイドは、レイス伯爵の長男──次期当主だ。
本当ならこんなに親しくできるはずのない人物だが、たまたま剣術の師が俺の爺様だっただけだ。
だからグイドの周囲の交友関係と、俺たちの交友関係は普通ダブらない。
でも俺たちが一緒に居るから感覚がおかしくなってるんだろう。
そんな訳で、感覚の狂ったサミュエルに理解してもらうべく、俺たちはもう少しだけ説明を付け足した。
「だから……。家政科に来てる貴族令嬢は、屋敷や使用人の管理なんかも学んで、花嫁修行みたいな事をやってるんだ。それが爵位も持家も金も無い──いや、金くらいはホップ子爵家で出してくれるかもだけど……」
「段々話がズレてる」
俺の指摘にグイドがハッとする。
「だから……簡単に言うとだな。貴族籍から一生抜ける気が無いご令嬢って生き物に、バカにされるって分かってて、俺がお前を紹介するとか、そんなのできない相談だって話だ」
「あと、性格の良いまともな令嬢は大抵売約済みだ。婚約者が居たら、そういう意味でグイドが紹介したら問題になる」
「……なるほど」
グイドの半ばヤケ糞な解説に、サミュエルもやっと納得した。
サミュエルは相変わらずヘラッと笑ってるし、グイドは頬を赤くして少し居心地悪そうだけど、俺はちょっと嬉しい。
ようやく話が終わったと気を抜くと、グイドが今度は俺を見る。
え?
俺ですか?
何それ、聞いてない……。
「それで、ブラッドリーはどうするつもりなんだ?」
ヤバい。
これは見逃してはもらえなさそうだ。
「ブラッドリーだって、最初の二年は手を抜けないだろ」
確かに。
父上は騎士伯だから、俺は自分で爵位を貰わないとこの学園を出て二年後に平民となる。
この国の貴族の子弟──特に騎士を目指す者の中には一定数、この二年の間に平民として順応する者がいる。
しかし殆どの者は、何らかの形で頭角を現して騎士団内の役職に就くことを目標にする。
役職って言っても『十人長』が一番下だから、そこはそれほど難しくないが……目指すならもう少し上が良いに決まってる。
とにかく二年で役職に就けたものは、地道に手を抜かず仕える限り、騎士伯になる道を歩む資格を得たと思って良い。
そしてここから、俺とサミュエルの違いがハッキリとしてくる。
* * * * *
サミュエルと俺の違いは、俺が長男でサミュエルは五男だってことだ。
サミュエルは子爵家の五男だから爵位を継げない。
俺の場合、騎士伯は一代限りだから爵位を継げない。
だけど家や財産は長男の俺が引き継ぐ。
そうなると、俺は無理に手柄を焦らなくても、地道に騎士団で仕事をしていれば、よほどのポカがない限り年功序列でそのうち騎士伯になれる。
最終的に俺は真面目にやってたら、普通に両方手に入るのだ。
でもホップ子爵家の五男ともなると、サミュエルが家から分け与えられるものは結婚資金が良いとこで、あとは無いに等しい。
精々がこじんまりした一軒家を買えるくらいで、使用人を住み込みで雇える余裕は無いかもしれない。
生まれた順番が遅いだけで、えらい違いが出る。
騎士伯の息子の俺と、子爵家の息子のサミュエルに対する態度に、周囲から不自然な違いがあるのはそのためだった。
要するに、サミュエルの家の方が格上なのに、実際には俺の方が優遇されてしまう。
表向きはそんな事許されないから、だからこそさり気なく、それはもう些細なところで……。
例えば二つに割ったお菓子。
わずかに大きいほうが俺に渡される。
汚れた服を侍女が払ってくれる。
二人のうち、大抵の場合俺が先に綺麗にしてもらえた。
ハッキリ言われなくとも、俺たちはそれを肌で感じ取って生きてきたんだ。
「俺は……」
頭では分かっている。
冒険なんかしなくても普通に暮らせば良い。
安全で安定した暮らしが約束されているのに、それを捨てるなんてのは馬鹿だ。
でも、サミュエルみたいに好きに生きて、今後の選択次第では損も得も自分次第でどうとでも変わる、いや変えられるようになる。
自分の才覚を試せるのが羨ましいと思う、そんな自分が確かに存在していると自覚していた。
黙り込んでしまった俺に痺れを切らせたグイドが、わかり易く俺の顔を覗き込んできた。
「ステファニー嬢、紹介して欲しいんじゃ無かったのかよ?」
うわー、酷でぇ。
ここで名前出すんだ……。
グイドの本気に俺は動揺した。
「俺は……」
言い訳すれば、その時の俺は本当に、彼女と『ただ話してみたい』としか思ってなかった。
と言うか、彼女に結婚予定のデニスがいる限り、そういう対象に見てはいけないって思ってた節がある。
なんせ相手は婚約者のいる辺境伯令嬢なのだ。
身分の差を考えたら、学園の外では絶対逢えないくらいの人だった。
だからグイドが肩にガシッと腕を回して来て耳元で一言零すまで、俺が彼女と親しくなれなくてもそれは仕方ない事だと思っていた。
「デニスの野郎『婚約者居るのに、それ以外の女の子と遊び回ってる』って、噂になってるぞ」
「は?」
思わずグイドの顔を見た。
真顔で返され嘘じゃ無いって感じ取った。




