25.出逢い〈ブラッドリーside〉
〈ブラッドリーside〉
父上に褒められて何となく心が温かくなったが、それでも俺は手放しで喜べない。
それは俺に後ろめたい所があるからだ。
* * * * *
十五歳で学園に入学してしばらくの間、俺にはグイドとサミュエルくらいしか親しい友人がいなかった。
だから必然的にアイツらと一緒に行動していて……。
「あ、メイシーだ。ちょっと待っててくれ」
グイドがそう言って走って行った先に、彼女は居た。
グイドと話す婚約者の斜め後ろで控えめに佇んでいる女の子。
なぜその娘に目が行ったのかは分からない。
例えるなら、まるでモノクロの世界の中で、そこだけ鮮やかに色付いているかのような……。
俺にとってはそのくらい衝撃的な出逢いだった。
「グイドの婚約者ってあの子か。伯爵令嬢なんだろう?」
「……あぁ」
俺の様子に気が付いていないサミュエルが、メイシー嬢の事を真剣に観察している。
グイドはメイシー嬢を前に親しげに話していて、今しがた紹介された彼女の事など気にしてはいなさそうだ。
グイドの婚約者の友だちって事は、彼女も伯爵家とかだろうか?
アイツが名前を覚えて来てくれたら良いのにな。
その時の俺の頭の中は、シャンパンゴールドに似た色素の薄い金髪に、紫水晶のような輝きの瞳を持つ美少女の事で埋め尽くされていた。
* * * * *
あの衝撃の出逢いがあって──あっちはまだ俺のことなんか知らないけど……。
俺にとってはあれが出逢いだ。間違ってない。
とにかく俺は彼女のことをグイドから聞き出した。
名前は、ステファニー・グランデ嬢。
彼女は家政科の一年。
この国の南を守る辺境伯の令嬢だった。
そう。
グランデ辺境伯の直系の孫娘。
しかも後継者は彼女で、すでに遠縁のアンバー子爵三男デニスが許婚だったのだ。
* * * * *
古臭いしきたりだけど、子供の頃から許婚として好物件に唾を付けるやり方は今だに有効だ。
書類を提出していないだけで、婚約者と同等の効力が発揮されるこの親同士の口約束には、トンデモナイ威力が秘められている。
その証拠に、そういう人達が毎年何組も正式に婚約して、そのまま結婚しているのだから。
そして俺が彼女に気安く声を掛けられない理由もそこにある。
「なぁ、なんで話し掛けないんだ?」
ある日サミュエルにそう言われた。
そんな事言われると思っていなかった俺は、思わずギョッとしてサミュエルを見た。
グイドがメイシー嬢と会った時、俺は後ろのほうで黙っているようにしてる。
そして俺は、サミュエルに彼女の事を話したこともないのに、コイツは野生の勘で嗅ぎ当てたんだ。
俺が彼女と話してみたいと思ってる事を。
そしていつもの事ながら、本人はそんな事はちっとも分かってない。
もし根拠を聞けば『何となくそんな気がしたから』って言うだろう。
だからこんなにもストレートに聞いてこれる。
いや、気遣われても困るが……。
しかも『誰』に話しかけるか、その対象を特定してない。
それでも俺に正しく伝わると疑ってないとか……。
まったくタチが悪い。
「いや、普通にまずいだろ」
「どうして?」
「……俺は婚約者が居る子に、紹介も無しに話しかけるとか、無謀なことはしない」
彼女は、学園どころか『下手したら現役騎士にだって負けない』って、鳴り物入りで入学したデニスの許嫁だ。
そんなの入学当初ならいざ知らず、今じゃ誰でも知ってる事だ。
そしてデニスといざこざを起こしたいと思う奴はまだ居ないらしい。
……賢明な判断だ。
脳筋の多い騎士科では珍しい現象だけど、みんなサミュエルと同じで、無意識に危険回避してるんじゃないかと、俺は本気で思ってる。
「でもよ、まだ正式に婚約してるわけじゃ無いだろ?」
「だからって、気軽に近づいて良い相手じゃない」
「どうしてだよ」
「どうしてって……」
瞬間、言葉に詰まった。
「……とにかく。もし話しかけるとしても、グイドに紹介してもらうのが先だろ」
「ホントにそんな面倒臭い事しないと、女の子と話したらダメなのか?」
「お前だって、教わってるだろ」
「そうだっけ?」
ダメだ。
コイツ、俺らが学園に入る前に一緒に教わったはずのマナー、一つも覚えてないかもしれん。
* * * * *
「おいおい、サミュエル。いくらブラッドリーだって、そろそろキレるぞ」
頭を抱える俺を横目に、見兼ねたグイドがサミュエルを止めた。
「よく考えろよ。彼女はデニスの婚約者同然の令嬢なんだぞ?」
「それは知ってるよ?」
「だったら……もし彼女がブラッドリーと親しく話してたって噂が立って、それが元で喧嘩になったらどうなると思う?」
「え、喧嘩? デニスとその子が?」
「「はぁ?」」
同時に睨んだらサミュエルが「ん?」って言って考えた。
「おぉ! デニスがブラッドリーに喧嘩吹っ掛けて来るってことか!?」
なぜか一気に喜び出したサミュエルに、嫌な予感がする。
隣を見ればグイドも渋い顔だ。
「しちゃえば良いだろ? 俺たちが加勢すれば──あっちのヤツらで強いのデニスだけだぜ? 勝てる勝てる。絶対勝つ!」
はぁ。
グイドと一緒に天を仰いだ。
「そんなことしたら、メイシーが俺に口利いてくれなくなる」
「……その前に彼女だって嫌な思いするだろ」
「そうか? 彼女とも仲良くできるし、デニスも黙らせられるし、良い考えだと思ったんだけどなぁ」
「お前バカだろ?」
グイドが言い切った。
確かに騎士科で一番強い──ということは学園全体で一番と同義だが、そのデニスを負かしたとなれば一目置かれる存在にはなれるだろう。
だらかと言って、喧嘩の理由が『女の子の取り合い』とかで噂を広められたら……。
それだけで評判は地に堕ちる。
……いや、奈落の底に穴掘るかもな。
どうでもいいが、楽しそうに話すサミュエルが羨ましい。
いや、あの調子で動いたら、後悔する未来しか見えないが……。
でも、何も考えず思い通りに好き放題やってしまえたら、さぞかし気分が良いだろうとは思う。
やらないけど……。
そしてまったく説明する気の無い俺に代わって、グイドが一から話す事にしたらしい。
「彼女がデニスの事、どう思ってるかは知らないが、少なくとも家族として扱ってると、俺は思うよ」
「それで?」
「普通に考えて、自分の兄弟ボコられたのに『ブラッドリーは私の友達よ。だからこれからも仲良くしましょう!』とか。……なるか?」
「あ〜。それは……無いな」
「……だよな」
やっと分かってくれたとグイドは胸を撫で下ろした。




