22.我ままは良くないよ?〈ブリトニーside〉
〈ブリトニーside〉
グランデ辺境伯の領館から追い返されて来たあとのこと。
秋休みの残りの期間、いつもは相手にしていなかった小金持ちの男子たちと憂さ晴らしに遊び歩いていた。
その日も顔が取り柄の某伯爵次男と植物園デートを楽しんだ私が帰宅すると、フォールン男爵家の雰囲気がいつもより明るかったことに違和感を覚える。
不思議に思った私は、唯一下町仲間の下働きの少女を見つけ話かけた。
「ねぇ、何かあったの?」
周囲の目を気にして話かけると、ものすごく良い笑顔が返ってきた。
「大ありよ。今月から給金が増えるんだって!」
「そうなの? 良かったわね」
「うん。すっごい嬉しい!」
ホクホク顔の彼女を見て、こっちも自然と笑顔になりつつ、それでも疑問は消せなかった。
「でも……何でかしら?」
「んー何だっけ? 難しい言葉……」
「何か聞いたの?」
「みんなが話してたんだけど……」
そう言って彼女は眉根を寄せて考え込み。
「……あ、そうだ! 『融資者?』それが見つかったとか何とか?」
「勇者が見つかったの? 男爵家と何の関係があるのかしら?」
「さぁ? あたしには何の事かサッパリだけど、給金が増えるなら何でも良いと思わない?」
「そうね。景気が良くなったのなら、もしかしたら私も新しいドレス買ってもらえるかもしれないものね」
二人でウフフと笑い合った。
彼女と仲良くしてるのがバレると、また家令から煩い小言を言われるから、私たちはそれからすぐにその場を離れた。
でもその足取りは軽く、屋敷内の雰囲気の変化を気にも止めなくなっていた。
あとから思えばこれが運命の分かれ道だったのかもしれないけど、この時の私は全く気が付かなかった。
あぁ、なぜ私はあの時にもっと警戒しなかったんだろう?
あの時ならまだ逃げられたのに……。
今となっては危機感の無さが悔やまれるばかりだ。
* * * * *
「ブリトニー、良いところに戻ってきたね。例のグランデ辺境伯の跡継ぎとは上手くいかなかったそうじゃないか。残念だったね」
この日のお父様は上機嫌で私を執務室で待っていた。
いつもよりなんとなく良い服を着て、綺麗に磨かれた大きなグラスに、惜しげもなく注がれた高そうなお酒を飲んでいる。
違和感だらけだった。
「ただいま、お父様。何か良いことでもあったの?」
「あ〜いや、ブリトニーは残念なことがあったばかりで悪いんだが、お前の言う通り、とてもめでたい事があってな」
「もしかして、勇者が見つかったってやつ!?」
「おや、耳が早いねぇ。融資者の事、もう知っているのかい?」
意外そうに私を見たお父様の目が一瞬ギラッと光った。
何かまずい事を言ったのかしら?
勇者の話はもしかして内緒なの?
「え? 詳しい事は何も知らないわ。大丈夫よ。それより、良いことがあったのでしょう? 何があったの?」
いつものように一番可愛く見えるポーズで聞いてみれば、実にあっさり「よろしい、教えてあげよう」と返ってきて……。
「キミの嫁ぎ先が決まったよ」
「えっ?」
何を言われたのか理解できず、お父様を穴が開くほど見詰めてしまった。
でもお父様の笑顔は変わらない。
「ブリトニーが中々結婚相手を連れて来ないからね、こちらでも探していたんだよ。そうしたら、ある伯爵から良いツテを紹介されてね」
「は? 何のこと?」
訳の分からない私が慌てていると、そこへ家令が入って来た。
「旦那様、もうご用意が出来ました。いつでも出発できます」
「うむ、ご苦労」
そう言って私に目を向けた。
とてつもなく嫌な予感がする。
「悪いがとても急な話でね。大富豪のゴールディー準男爵の話、覚えているかい?」
「えっ! まさかあの、お父様より年上のおじさんのこと?」
「そうそう。ブリトニーはまだ子供過ぎるかと思って、それまでにキミがもっと良い相手を連れて来たら、そっちにしても良いと思ってたんだがね。さっきも言ったが、丁度良く口利きしてくれる方がいらっしゃって……」
「まさか、その変態おじさんのところに行けっていうの!?」
私が怒鳴ると、お父様は呆れた顔で眉を顰めた。
「酷いな。ちょっと若い子が好きで、ちょっと特殊な事をしたがるかもしれないが、そこまで酷いことはされないんだよ?」
「ちょっとって何よ! 縛ったり叩いたりするって有名じゃない! 私をそんな男のところへ遣るって言うの?」
「なに、本気じゃないんだよ。遊びだよ遊び」
「えぇぇ! 嫌よ。変態おじさんと、そんなヘンな遊び、絶対イヤ!」
「ブリトニー。わがままは良くないよ? キミはうんと贅沢に暮らせれば良いって言ってただろう? 夢は叶うじゃないか」
「それは! 相手がカッコいい人でなきゃダメなの! 変態おじさんはお呼びじゃないわ!」
「あぁ、あの準男爵、若い頃はモテたらしいよ。だから大丈夫じゃないか?」
「若い頃って……今は禿げ散らかしてるって噂、私だって知ってるのよ!?」
「うーん。だったら仕方ない。どうせ夜のことなんだから、目を瞑っておきなさい。そうだ! 今までキミが出会った美青年の顔でも思い浮かべたら案外イケるんじゃないか?」
段々面倒になってきたお父様は、投げやりな感じで手を振る。
すると屈強な護衛が二人現れ、ワーワー騒ぐ私に近付いた。




