21.生い立ち〈ブリトニーside〉
〈ブリトニーside〉
私は十四歳まで、王都の下町で暮らしていたわ。
ママは食堂の給仕と繕いもので私やお兄ちゃんたちを育ててくれてたんだけど、ある日突然身なりの良い大人がやって来たの。
「おぉ! これはこれは……可愛らしいお子さんですね。どれ、私にお嬢ちゃんの瞳の色をよく見せておくれ」
「ブリトニー、早くしなさい」
ただならぬ雰囲気に気圧される私に、ママは顎をシャクって行けと命じた。
私は困惑し、警戒しながらも身なりの良い大人に近寄ると……。
「ほほう。正しくこれは旦那様のお色ですね。ふむ、髪の色も同じだ」
彼はポケットから取り出したリボンで縛った短い毛束と、そしてもう一つ、手のひらに乗るほどの小さな絵画を見て、熱心に私と比べながらそう言った。
「それじゃあ……」
「確かにこの方はフォールン男爵家のお嬢様に間違いありません」
この瞬間、私はただのブリトニーからブリトニー・フォールン男爵令嬢に変わったのだった。
* * * * *
あとで聞いたんだけど、あの家の子は私だけパパの子じゃ無かったんだって。
ママは昔、お父様がオーナーだったお店で売り子として働いていて、その時にお手付きになったそうだ。
だから私だけはお父様の子なのだって、お屋敷のメイドたちが話してるのを聞いたわ。
その時はショックだったけど、同時に納得がいったの。
だってママやおじいちゃんは、お兄ちゃんたちばかり可愛がって私には優しくなかったから……。
小さい頃の私はお兄ちゃんたちが死んだパパに似てるから可愛がられていいるんだって、そう思ってたけど違ったんだね。
よその人は私のこと『すごく可愛い』とか『将来はエラいべっぴんさんになる』とか言ってくれてたのに、自分の家族だけは絶対に褒めないなんて……。
おかしいと思ってたのよ。
だからフォールン男爵のお屋敷で、初めてお父様に引き会わされた時『あぁ、私の世界はあそこじゃなかったんだ』って、すごく納得できたの。
だって、私の髪の色も瞳の色も、ぜーんぶお父様と同じだったから。
それにギャラリーに飾られた、大奥様──つまり私のお祖母様の若い時の肖像画。
その色白で整った目鼻立ちの美少女は、どこかで見た事ある人だなって思ってたら、鏡の中にそっくりな人が居るじゃない。
ビックリしてよく見たら、私だったの。
下町の鏡は歪んでるのが多いから、こんなにハッキリ自分の顔を見た事なくて、本当にびっくりしたのよ?
* * * * *
それからは毎日、淑女教育を詰め込まれたわ。
でもやっぱりちょっとカジっただけじゃ何ともならなくて、本当は二年で終わらせて十五歳で王立学園に入るはずだったんだけど、それは無理だった。
だから仕方なく、一年遅れの転入生として入れてもらったの。
学園は楽しかったわ。
それまでと違って、学園の寮に入ってるから淑女教育はしなくて良くなったし、男の子は凄くカッコよくて優しいし。
まぁ、女の子はプライド高い人が多くて、庶民上がりの私じゃあ相手にしてもらえなかったけど。
彼女たち曰く。
「足音をあんなに立てるなんてみっともないですわ」
「パンに噛り付くだなんて! 犬や猫ではありませんのよ?」
「あらあら、それはフィンガーボール。指を洗うものよ。いくら美しい容器に入っていても、そのお水は飲み物じゃなくてよ?」
「まぁ、大きなお口。そんなふうに笑われては、いつか虫が飛び込んできますわよ?」
「そこの貴女、淑女がそのように上下に弾んで歩いては品位が疑われますよ? もっと気を遣いませんと……」
「あら、庶民は殿方との距離感も分かりませんのね。まるで客引きのようですわ」
「あらあら、今日のアクセサリーは送り主が全員違うのですわね」
数えたらキリが無いほど。
生徒、先生に関わらず注意されたわ。
でも何か言ってくるのはみんな女。
これは男子に優しくされている私を妬んでいるとしか思えないじゃない?
それでも彼女たちの言動は、男の子と仲良くするキッカケを沢山くれるから、それなりに役に立つの。
私はお父様に言われた通りにお金持ちの後継ぎや、将来有望で実家がお金持ちの男子と仲良くなることにした。
この時の私は、下町時代の辛い生活はこの日のための試練だったのかと思うほど、それはそれは楽しくて夢のような暮らしをしていたわ。
だって本物の王子様かって思うくらい素敵な男子が、私の事を取り合ってまで傍に置きたいと言ってくれて、美味しいおやつや綺麗なアクセサリーをプレゼントしてくれるし、非公式の夜会ならドレスも用意して連れて行ってくれるのよ?
今はまだ学生だから仕方ないけど、卒業までには素敵な人と婚約して王宮の舞踏会にも連れて行ってもらいたいって、思ってたの。
それなのに……。




