19.ブリトニーは?①〈第三者side〉
〈第三者side〉
卒業式を一週間後に控えて沸き立つ学園内に、怒涛の勢いで一つの噂が駆け巡った。
人々は驚き、デマでは無いのかと情報を交換し合い、本当の事と分かると一様に頬を引き攣らせた。
しかしそれもステファニーが現れるまでの事。
それ以降、今度は一転して貝のように口を噤んでしまう。
* * * * *
「今日、何かおかしくない?」
いつもと違う学園の空気に、ステファニーは堪らずシンシアに声をかけた。
「そ、そうかしら? 気のせいではなくて?」
「う、うん。いつもと変わらないわよ」
メイシーがシンシアに追従する。
しかしそんな二人の努力は、一人の人物により無駄に終わる事となる。
「おはよう! ねぇ、聞いた聞いた? ブリトニー・フォールンの結婚が決まったんですって」
「まぁ、やっと正式に婚約したのね?」
「あら、知ってたの? じゃあ、準男爵の話は?」
「準男爵? さぁ……ブリトニーさんと何か関係があるの?」
「え? 何言ってるの? 大ありよ!?」
勢い良く噂の真相をぶち撒けたのは、クラスメイトの一人で噂が大好きなカレンだ。
そんな彼女はステファニーの後ろで睨む、鬼の形相のシンシアとメイシーに気が付くと、恐れをなして後退る。
あと少し早ければ『ごめんなさーい』としっぽを巻いて走り去り、この場から見事逃げ仰せたことだろう。
しかし、そうは問屋が卸さない。
さすが辺境伯令嬢と言うべきか──驚くほど速い反応速度を披露したステファニーには抗えなかった。
敢えなくカレンは捕獲……もとい、引き止められる事となる。
「カレン、その話詳しく!」
カレンが怖々と視線を戻せば、ワクテカ顔のステファニーがお行儀良く座って待っていた。
こうしてカレンは観念し、メイシーやシンシアから発される威圧の中、洗いざらい情報を吐き出すことになる。
カレンの語った内容は……。
この国で一番の富豪と言われる準男爵の奥方が決まったという話だった。
その準男爵は御歳五十五才、最近息子に商売を任せ隠居を始めたらしく、若い後妻を探していたそうだ。
しかしこの男、あまり評判がよろしくない。
今までに四人の妻がいたそうで、そのいずれもが、三十路を前に離縁か死別している。
若い女が好きらしく、妻がいないと気まぐれでメイドに手を付けるため、親族が常に若い妻を用意しているらしいという噂が実しやかに流布されている。
どうやら妻を紐で縛り。
手や鞭で尻を打ち。
時にはローソクを垂らしたりするらしい。
ここまで聞いた中には、そっと顔を逸らしたり、目を泳がせたり、明後日のほうを向く令嬢もいたのだけど……。
これについて意見や感想を述べる者は皆無だった。
しかしここに、顔を強張らせ固まっている者が、若干一名存在する。
「それ、本当なの?」
「いや、噂よ。あくまでも噂」
「それって普通!?」
「え? いやいや、普通じゃないでしょ!?」
慌ててカレンが否定するが、幼いころに両親を相次いで亡くしているステファニーには、普通の夫婦とはどのように家で過ごすのかが分からない。
「何だか私、結婚が怖くなってきたわ……」
「そんなのしないわよ? 異常なの! だから今こんなに騒がれて、噂が流れてるんでしょ? ねぇ?」
カレンは慌てて否定して、今度は周囲にも助けを求めた。
「ステファニー、大丈夫よ。そんな事、ブラッドリーはしないわよ。……たぶん」
「ブラッドリーはステファニーには優しいでしょう? ……きっと」
二人の脳裏にはチラッと、黒いオーラが立ち昇るブラッドリーの姿が過ぎったが、アレをステファニーが見る事は無いはずだと思い直す。
「そうよ。私の婚約者はブラッドだもの。彼は優しいから大丈夫よね?」
「うん」
「そうそう」
「そうですわ」
ようやく落ち着いたステファニーに一同が安堵の息を洩らす。
次からが本題だ。
次の投稿は21時を予定しています。




