精霊の召喚に失敗した見習い魔法使いは学年一の秀才に助けられる
アハハハハハハハハ……
可笑しな笑い声が響く、マカミアッツ魔法学校の校舎裏。
そこには1人の見習い魔法使いアキルナ・ベリーが泣きそうな顔でその笑い続けている水の精霊ウィディナを何とか元に戻そうと悪戦苦闘していた。
「お、お願いよ!水の精霊ウィディナ様!!いつものあなたに戻ってよ!!」
アキルナが新たな魔法陣を描き陣を杖で突き刺すが水の精霊ウィディナは元に戻らない。
「アハハハハ!イーヒヒヒヒ!ウヘヘヘヘ!」
それどころか先ほどよりも笑いが大きくなり、アキルナではもうどうしようもなくなっていた。
水の精霊ウィディナは美の象徴としても崇められるそれはそれはそれは美しい精霊だ。その水の精霊ウィディナが青色の艶やかでストレートの髪を振り乱し、いつもは穏やかで陽だまりのような暖かな微笑みを絶やさぬ表情を涙と唾液と止まらぬ笑いで美の象徴とは程遠い表情をしていた。
水の精霊のおぞましい程の笑い声に学校の生徒が徐々に校舎裏に集まり始める。アキルナはその中に事の元凶を発見して直ぐ様詰め寄った。
「セリオ!あの魔法陣間違ってたじゃない!!水の精霊様がおかしくなったのよ!どうしてくれるの!?」
「え?お前マジであの陣を描いたのか?馬鹿だな」
呆れたようにアキルナを見たのは彼女と同じ学年のセリオ・バリバリスだった。
バリバリス家は魔法一族として知られており祖父と父親は魔法省、母親は魔法薬研究所、長男は王族専属の魔法使いとして務めるエリート一家だ。そしてバリバリス家の三男であるセリオも学年一の秀才として知られ、しかも顔もスタイルも良いものだから女子にも人気であるのだが…………ほんっと性格最悪!!とアキルナは心の中で悪態をついてセリオに迫ったのだった。
「そりゃ描くわよ!!進級かかってんだから!!でも水の精霊様がおかしくなって出てきて、何やっても消えてくれないのよー!!」
アキルナは半泣きになってセリオの腕を揺さぶった。
セリオはそんなアキルナを尻目に水の精霊を陣の中に戻そうと杖をひと振りしたが精霊はビクともしない。
「マジで全然消えねーな。どうする?」
「どうするって……セリオどうにかしてよー。学年一の秀才なんだから!!そもそも変な魔法陣教えたのだってセリオじゃないー!!」
アキルナは藁にも縋る思いでセリオの腕を揺さぶった。
「えー。お前がやったんだから、お前がどうにかしろよ!」
セリオは面倒くさそうにアキルナを見る。
「だから!私じゃどうにもならないから言ってるんじゃない!!セリオの馬鹿!阿保!」
アキルナの暴言にセリオは大きくため息を吐く。
「そんなこと言って良いのか?これ早く消さないと、先生にバレたらお前、マジで落第するんじゃね?」
セリオは杖で精霊を指して真面目な顔をした。
そ、それだけは駄目だ!私には落第して余分に魔法学校に通うお金なんてないんだから!
アキルナの瞬時に顔を青ざめると
「うっ!お願い!お願いします!セリオ助けて!!」
とセリオの腕を力いっぱい揺さぶった。
「えー、じゃあ、これ貸しだから。高くつくからな!」
「わ、分かったわよ!」
背に腹は代えられない!ちょうどこの間バイトのお給料出たし、高級魔法回復薬でも高級万能薬でも買ってやるわよ!
「よし!約束だからな!」
セリオは念を押すように言うと杖で新たな魔法陣を描きトンッと陣を突き刺した。すると大きな火柱と共に火の精霊サラマンが召喚された。
「火の精霊サラマンよ。水の精霊ウィディナを元に戻せ!!」
するとサラマンは人の形から火の竜に変わりウィディナを飲み込むようにウィディナの頭上から一気に下降した。
ウィディナは火の竜に覆われて一瞬姿が見えなくなる。次には大きな火柱になったと思ったら次にはその火柱が消え人の形に戻ったサラマンの腕の中に横抱きで抱えられるウィディナの姿があった。いつものように微笑みながらも少し頬を染めてサラマンを見つめるウィディナ。そんなウィディナをサラマンは愛しそうに見つめていた。
なんて絵になる二人……
校舎裏に集まった者達が一様にそう思い二人の姿に見惚れた。
二人はしばらく見つめ合うと水の精霊ウィディナはセリオを見て微笑みを浮かべて言った。
「セリオ、私を元に戻してくれてありがとう」
それは川のせせらぎの様な美しい澄んだ声であった。
「いいや。ウィディナが戻ったのはサラマンの愛の力さ。俺はその手助けをしただけだ」
セリオはそう言うと小さく笑う。
「まあ、セリオったら。あなたが困っているときは必ず助けになるから呼んでちょうだい」
ウィディナはセリオに陽だまりのような暖かな笑みを浮かべた。そして微笑みを浮かべなからセリオの横にいたアキルナを見るとスッと笑みが消えて真顔になった。
「アルキナ、私あなたには当分力を貸したくないわ。召喚しないでちょうだいね」
「え!?そ、そんな!!」
ウィディナはアキルナから思い切り顔を背けるとサラマンと共に魔法陣の中に消えてしまった。
「よし、取りあえずこれで大丈夫だな!」
ウィディナとサラマンが居なくなるとセリオは問題は解決したとばかりに安堵のため息を吐く。
「だ、大丈夫じゃない!!ウィディナ様に嫌われたのよ!!進級試験どうするのよ!!」
アキルナはセリオの腕を揺さぶる。
「俺が知るかよ」
「元はと言えば、セリオが変な魔法陣教えるからでしょ!?」
「それを言うなら、そもそもお前が授業中に寝てるからいけないんだろ!?」
「うっ……!!だ、だってバイトが忙しくて夜寝る時間が少ないからついウトウトと……」
アキルナは小さく言い訳をする。
「はぁ……。お前は何しにこの魔法学校に来てるんだよ!?魔法の勉強をする為だろう!?」
「わ、分かってるわよ!でもあんたみたいなお金の苦労も知らないお坊っちゃまに言われると腹が立つ!!」
アキルナはふくれっ面になるとフンッとセリオから顔を背けた。
「だから、ちゃんと学生生活金制度を使えと言っているだろ!?」
「いやよ!だって、一生援助を受けた家の魔法使いとして働かなければいけないのよ!?私は国を回って貧しい人達を助けたいの!!私と同じ様に魔法学校に行きたいって思ってる子達の為に何かしてあげたいの!!」
アキルナはこの魔法学校に通う為、地方から来て下宿していた。魔法学校には優秀な生徒の授業料が免除になる制度があり、アキルナはその制度を受けているのだが、下宿生にはさらに生活の為のお金が必要であった。その負担を減らすためにあるのが学生生活金制度。ただ、生活金制度を使うと援助してもらった家に一生仕える事になる。
本来であるならそれは将来の就職先が決まっているという事で特段悪い話ではないのだが、アキルナには魔法学校卒業後に国を回って貧しい人を助けたいという夢があるので生活金制度を受けることは諦めたのだった。そして、試験でより良い成績を納めなければ授業料免除も打ち切られるのでアキルナは進級試験の為に上位魔法である精霊の召喚を習得しようと試みたのだった。
「はぁ……、お前のその気持ちはご立派たが、魔法学校を卒業できなきゃその夢すらも叶わないんだぞ!!とにかく生活金制度を使って卒業しろ!」
「でも!」
アキルナが更に反論しようとすると、セリオは先ほど火の精霊サラマンを召喚した魔法陣を親指でクイッと指差す。
「貸しだっつったろ?生活金制度を受けろ」
「ちょっ!?それは勘弁……」
「いいのか?さっきの事、先生に報告しても。ああ、それにお前、ウィディナを怒らせただろ?俺がお前に力を貸すよう頼めばウィディナも怒りを沈めてくれるかもしれねーぞ?」
そう言うとセリオは得意気に笑った。
「ぐっ!」
くそっ!くそ!!くっそー!!やっぱりこいつ性格最悪だー!!!
アキルナは心の中でそう叫んだが、結局生活金制度を受ける事になったのだった――――
――数日後
「それでは、アキルナ・ベリーさん。これがあなたの学生生活金制度に関する書類になります。書類を確認してこちらにサインを…………」
学生生活金制度に申込みをしたアキルナは援助先の家が見つかったと知らせを受けて生活金機構の事務局に来ていた。
しかし、渡された書類に目を通していたアキルナはある文字に目を丸くした。
援助……バリバリス家
な、なんだって!?
アキルナは急いで、学校へ向かうとセリオの目の前に書類を突きつけた。
「ちょっと!これどういう事!?」
「あ?あー、家がお前の生活金援助者だ。良かったな。将来の就職先がブラックな家じゃなくて」
「いや、そういう事じゃなくて!あんたの家はわざわざ魔法使いを雇わなくても自分等で充分魔法扱えるでしょ!?」
家族全員魔法使いだなんて家そうそうないんだから!!
「だからだよ。引っ切り無しに魔法関係の仕事の依頼が来るから仕事裁くの大変なんだよ。そこで、将来有望な魔法使いを今の内に確保しておいてそいつにやらせようって親父達と話してたんだよなー」
「な、なんだって!?」
「まあ、そういうわけだから、これからは魔法の勉強に専念して有能な魔法使いになって恩返ししてくれよ」
私、これから一生セリオに付き従わなきゃならないって事?
「そんなー!!!」
アキルナの叫びは学校の校舎裏まで響いたのだった。