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第7話 なんでこうなったアッ!

 迷宮の入り口近くまで戻ると、何度となく見た景色に懐かしさを覚えた。

 そうそう、これこれ。ゴミとか落ちている雑な感じと、あちこちから聞こえてくる戦闘音や悲鳴。うん、俺の知っている迷宮だわ。


 奥まで行くともう人の気配は皆無でさ、広大な世界の果てを歩いている気分になる。だけどこの辺りはもう人の領域だ。


 そう安心していたのだが、俺とは逆方向、迷宮の奥へと向かう連中からなぜかジロジロ見られる。

 ふむ、目立ちやすいので謎スライムの鎧を解いたのだが、それは逆効果だったかもしれないな。


 穴だらけでボロの服を着て、荷物を担がず武器も持たず、のんべんだらりという表情で歩いていたら確かにおかしな奴だと思われるか。


 ここまでの低階層になると景色がのほほんとしていてさ、もはや隠蔽術を使うまでもない。だから気が緩んでしまうのはどうしようもないと諦めてしまっている。


 ちなみにスライムことエリンギは、俺から離れた位置から追いかけてきている。水の通り道さえあればどこにでも行けるし、俺と一緒に隠蔽術を学んだから早々見つかることはないだろう。


 最初、ここに置いていこうかと思ったんだけど、キューキュー鳴いてかわいそうだったし仕方ない。大人しくて素直な性格だから、長旅のあいだにすっかり愛着が沸いちゃったんだよね。

 あとで樽でも用意して持ち運べるようにしよう。


 ちなみに火竜は俺の許した領域まで「拡張」を許している。

 こいつとの同化は胃から始まったんだけど、それ以来というもの食あたりをすることなく、鉄の胃袋どころか竜の胃袋と化した。


 火竜と俺でそれぞれ特性を学び合って、導き出された結論としては「心肺機能の強化」が最も有効だという結論に至る。

 その変化は劇的だった。圧倒的に疲れにくくなり、毒ガスが常に吹き出る層でも「ピリピリする」と笑って言えるようになった。


 しかし、問題は……。


「これ、迷宮から出たらどうなっちゃうのかな」


 火竜は迷宮の命そのものといえる通称「生命のスープ」とつながっている。それを通じて俺はこの迷宮の根底にわずかながらも触れられたのだが、そうなると迷宮から一歩外に踏み出したら……どうなるのかよく分からない。


 つながりが途絶えるのかどうか。

 朽ち果ててしまうのかどうか。


 どきどきしながら一歩だけ踏み出してみる。

 暖かい陽光につま先が包まれても大きな変化はない。

 さらに一歩、もう一歩と進み、すっぽりと全身を陽光に包まれる。


「あー、そういうことか。この世界には、迷宮とそれ以外という区分けがないんだ」


 世界は迷宮の一部であり、また迷宮は世界の一部だという真実に気づいて、人知れずジーンと感動する。

 すべてのことに意味があって、生命が脈動をするように世界が生き続けている。これはちょっとした嬉しい発見だ。


 もちろんそんな風に一人で感動している姿はとっても怪しい。周りの奴らは相変わらず俺をジロジロと白い目で眺めていた。


 さて、迷宮から出たばかりの通りは非常にゴチャついている。

 露天商が隙間なく店を並べており、攻略に必要なアイテムから生活用品、あげくの果てにはお土産の品まであるのだが、それぞれの自己主張が激しくて物で溢れてしまっている。


 通行の邪魔であり、国もたびたび「ここから出てはいけません」と規制をするのだが、またしばらくするとじわじわと伸びる雑草のように通路の浸食を開始する。

 まあ、このゴチャついている感じも味があって個人的には好きなんだけど。


 と、そのうちの一軒、店先で新聞を読んでいた男は、バサリとそれを閉じて一介の商人とは思えない人相の悪い顔を向けてきた。


「タロ。お前、生きていたのか?」


「ああ、もちろん。俺ってそう簡単にくたばらないと思うよ」


 店主は片方の眉を上げる変な表情をして、それから近くの饅頭を手に取る。


「餞別だ」


「え、いいの? 珍しいね、タダでくれるなんて」


 手にしてみると饅頭は温かくて、見た目よりもズシッと重い。なかにはたくさんの具が入っているのだろう。


 あー、ひさしぶりの食事だー。

 クンクンと匂いを嗅ぐと、体内にいる火竜が「ん? なにそれ?」と飢えた犬のような反応をする。

 待て待て、落ち着け。いい子だからちょっと待って。

 そのように「待て」を躾として教えていると、商人はまたおかしな表情を浮かべた。


「すごい腹の音だな。地響きかと思ったぞ」


 確かにね、ゴゴゴゴッて強敵が現れたような感じになってるし。ん、辺りの小石もちょっと浮いてるかな。


「ちょうどお腹が空いててさ。それで、餞別ってなに? これからお別れでもするの? あー、さては店を畳むんだな。見るからに経営難って感じだし」


「いや、今日あたりそいつを墓に供えようと思っていたところで本人が登場したからな」


 用はそれだけだと言わんばかりに男はまた新聞をバサリと広げる。

 しかし俺はというと、さあっと顔色を青ざめさせた。




 ――迷宮攻略者規定、その32条。


『死亡と認定されて一カ月のあいだ届け出がなかった場合、当人の遺品ならびに遺産はアーヴ国のものとなる。ただし血縁者がいた場合、半分を譲渡する』




「嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ……!」


 ダダダダダーッと俺は矢のように走る。

 手足がちぎれるんじゃないと思うほどブン回している一方で、火竜は「お饅頭食べたい!」とお腹のあたりで暴れている。


 遠くのほうからエリンギが必死になって追いかけてくるのを知覚しつつ、しかし俺はそれ以上に必死な形相だ。


 しかし悲しいかな。

 運命とはなぜこれほどに無情なのだろうか。


「あ、ああ、あああああーー…………ッ!」


 ゴールを決めたサッカー選手のように、両膝をついて地面をずざあっと滑る。

 しかし俺の表情はというと歓喜などとはまったくの真逆である。

 だってそこには懐かしの我が家はなく、更地だけが残されていたんだもん!


俺の家(マイホーム)ーーーーっ!!」


 ばうんっと地面で跳ねてゴロゴロ転がる。そのあいだも饅頭に土をつけずに済んだのは食い意地のはった火竜のおかげだろう。


 ああーっ、嘘だろおオオ!

 2年がかりでお金を溜めて、新人の死亡率が3割を超えるなかぼっちでひたすらがんばってきたのに!

 俺、なんにも悪いことしてないのにーっ!


 ひどい、ひどいよ、こんなのってないよ……。

 泣き出しそうなのを必死にこらえてうずくまる。

 ちょっと修行に出てみたらホームレスになるなんてことある? あるよね、この国の場合はさ!


「まあ、しばらく家がなくてもやってこれたし何とかなるかぁ」


 それどころか迷宮暮らしだったし。

 あんぐっと饅頭を頬張ると、体内の火竜はキャーと悲鳴を上げて歓喜していた。お前はいいよな。家なんて関係ないし、試験も学校もないし。


 あー、トホホとしか言いようがないよぉ。

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