第29話 ようこそ魔剣士さまの家へ
「んっふっふー♪」
とんとんと階段を上ってゆくとき、アーイカはご機嫌そうだった。
後を追う俺はというと微妙に気恥ずかしいというか、やっちゃった感がすごかった。
「タロちん、はやくおいで。ご飯を食べちゃおうよ」
「だな。とっくに冷えちゃってるだろうけど」
そう答えつつ戸をくぐる。すると廊下のあちこちで灯っている光ゴケの塊に気がついた。
なんだろう。以前と違う。
そういえばと思い出すのは、帰って来たばかりなのにお湯が張られていたことだ。まるで見えない妖精でもいるかのように気配りがあるというか……。
「アーイカお嬢様、お食事を温めておきました」
「ありがと。あなたも一緒に食べていいわ」
深々と頭を下げる女性を見て、金持ちってやっぱりすごいなと思いつつ……二度見した。
そこにはメイド姿の女性がおり、また頭を上げると俺もよく知る人物だったのだ。
「リサ!?」
「こんばんは、あなたに敬語は使わないから安心なさい」
指を向けたまま凍りついていたときに、がたりと椅子に座る音が響く。
テーブルに頬杖をつくアーイカは、してやったりの笑みを浮かべていた。
「そ、引き抜いたの。これで彼女を追う者はいなくなるわ」
「ナザルの部下を? え、それって大丈夫……痛っ!」
太ももの激痛に悲鳴を上げて、振り返ると制服の胸元に存在感のあるリサがうっすらと笑っていた。
「あなたのせい、よね?」
ちがいます。
一気飲みしてもぜんぜん効かなかったあなたの毒のせいです。
いやもちろん膝蹴りをかわすのは造作もなかったんだけど、俺の第六感が「いいから食らっておけ」と囁くしさぁ……。もうほんとなんなの君たち。
地味に痛む太ももをさすり、案内されるままテーブルにつく。
そして目の前にある銀製の蓋がリサの手で取り払われると……真っ黒にコゲついた料理らしき残骸が残されていた。
「ああーーっ! 俺の、俺の屋台料理がああーーっ!!」
「リサっ! 火を使うなとあれほどアタシが言ったのに!!」
「汚物は……いえ、これくらいの焼き具合がちょうど消毒できていいという評判です。お召し上がりください」
もう、ほんと、なんなのあなた。綺麗なのは顔だけで、家事が大得意そうな雰囲気もあるのに、なんで中身はオンボロなの!?
見てよ、さっきまでご機嫌だったアーイカが泣きそうになってるじゃん。
「楽しみだったのに……」
あぁーー、泣かない泣かない。
そしてリサもうっすらと笑わない。鬼かよ。
というわけでだね、がたりと俺は席を立つ。
「屋敷で働いたのは情報収集のためだったけど、思わぬ能力を授かった。それがなにかと言いますと……」
不思議そうに見つめていた二人は、ひゅんひゅんと回転するナイフ、そしてスパパンと立てる軽やかな音、そして整然とした切り口を見せる野菜を見て目を丸くした。
「あそこのシェフに可愛がられてさ、基本的なところからお菓子づくりまで学ばせていただいた」
「まさか、あれはあなたの仕業!?」
そう大声を出すリサだけど、そう、あれも俺の……あれってなに?
調理を中断して視線を向けると、なぜかアーイカがごくりと喉を鳴らしてこう尋ねる。
「知っているの、リサ!?」
「ええ、もちろんでございます。ある日を境に、女の敵であり憎きナザルの邸宅では料理の質が格段に上がって、我々は大いに苦しめられたのです!」
そう言いつつお腹をむにむにつまんでいるのは……いやごめん、それ初耳だし、俺は安月給どころか無給だったんだけど。なんというか、さすがに扱いがひどくない?
はぁー、と重いため息を吐いてから立ち上がった。
「料理の基本は正しい手順。それと火力。あとは勝手にできあがる……というのは師匠からの受け売りでさ、まあともかくアーイカはもう少しだけ待っていること」
ふうん、と気のない返事をするアーイカだったが、それは調理を終えて食事を並べてるまでだった。魔剣士様の表情を一変させられるのは痛快だったね。
しょわりと煙を上げるのは、ほどよく焼いたステーキだ。高価さの象徴であるニンニクを使っており、野菜で色彩を豊かにしているため食欲をこれ以上なくそそる。
ステーキは王道だ。
金持ちはこんな料理に慣れているのだが、時短で作れるものとして欠かせず、かつ上質な肉であればとてつもなく美味い。ガツンとくる味わいは、他の料理を決して寄せつけない。
スープは極力さっぱりとさせたい。
舌を洗い流して、またステーキの美味さを堪能させたい。
だからこその海鮮スープだ。これだけは力強く推すが、海鮮物は足りない栄養を補ってくれるものであり、食を通じて健康になれるのだから外さない手などない。
炭水化物としてのパンを切り分けて、はわわわという顔を拝めたのならお食事どきのスタートだ。
ナイフでお肉を切り分ける。
スッと切れるのは上質な肉の証明であり、最大級の注意を払った焼き加減であるともいえる。ソースがほどよく染み渡り、ひとかけのニンニクを乗せてから口のなかへ……!
ぱくんと噛んだ瞬間だ。
この顔、どこか意地悪なアーイカとリサが天使のように可愛らしい笑みを見せる。もうこれだけで俺はお腹いっぱいだね。
んふっ、んふふっと笑うのは、まさに俺にとってのご褒美だ。
卓に集う者たちそれぞれへ目配せをするように笑みを向けあい、ごくんと呑み込む間際に至福の表情を浮かべる……!
「うっま……!」
染み渡る肉汁とソースの味わいは素晴らしい。瑞々しさと栄養に満ちており、しっとりとした旨味が味覚中枢を刺激する。
パンをかじり、スープをすするのは単なるインターバルで、再び新たな肉を口に放り込めば、少女のように裏表のまったくない笑みを浮かべていた。
「うあっ、美味しいトコに当たったぁー……!」
口を押えてぱたぱた足踏みする様子ときたら、もはや魔剣士や女戦士としての面影などない。純粋に味を楽しみ、肉の味わい深さに感謝をする乙女たちだ。
無駄口を挟まずに黙々と味わいに集中するこの晩餐は、終始俺の頬をゆるませるものとなった。
ソファーに身体をもたれさせるアーイカは、ぼんやりと天井を見上げていた。よほどの夢心地だったのか、近くを通り過ぎようとしたときに眠そうな声を発してきた。
「タロちん、こんなのいつも食べてたの?」
「まさか。高価だし、庶民には手が出ないよ。でも味見だけは許してくれてさ、ほんのひとかけだけでも美味さにしびれたなぁ」
などと当時を思い出していたら、おいでおいでと手で招かれる。
どうしたんだろうと近寄ると、手を引かれて隣にぎしっと腰を降ろすことになった。
「んふっ、褒めたげる」
いい子いい子と頭をなでてくるあいだ、彼女はとびきりの笑顔を見せてくれた。もちろんこんな食事は毎日できないけど、見るからに血の足りなそうな人だし体調を見ながら必要なものを食べさせればいいと思う。
甘やかしてくれるのはそこまでで、ずるずると彼女は俺の太ももを枕代わりにする。むにゃむにゃする口元は相変わらずで、こういう子供っぽさも彼女の魅力なんだろうなと俺は思った。
「好意を好意で返すところ、か。いい言葉だな」
ふとつぶやいた言葉は、すぐ隣に控えている女性の耳にも届いた。
そして意識せずに彼女は嬉しそうな笑みを浮かべる
魔剣士アーイカの部屋は、きっとこれから楽しく過ごせるだろう。そう思った。




