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第24話 これが……修羅場か

 店から出ると、リサは頭からフードを外す。

 もう顔を隠す必要はなくなったのかなと思っていたら、振り返る彼女は「暑くって」と言って笑う。

 照れくさそうにしているものだから、なぜか俺はそわそわした。


「この辺りは人が少なくていいわね」


 まあね、夜に歩いてはいけない道ベスト5に入るしな。治安の悪さという意味で。


 だけど鼻歌混じりに歩いているリサは別だろう。剣の腕は俺と比べようもないほど高く、死を覚悟しながらも成り果て相手に渡り合った。もしも強盗が現れたとしても、頭から股間までまっぷたつにしかねない。


「はあ、涼しい」


 月明かりの下、日焼けした肌が露わになる。汗っかきなのか玉のような汗を浮かべていて、迷宮で見かけたような薄着となって歩いてゆく。


 川沿いで小雨が降ったあとだ。ケロケロと蛙が鳴いており、ときおりボチャンと水音が響く。

 貧しくとも人々はたくましく生きていて、道沿いにぽつんぽつんとある屋台がぼんやりとした灯りを放っていた。


「あまりいい場所ではありませんよ。あっちの中洲のほうは歓楽街で、いかがわしい店もたくさんある。川の向こう側は気性の荒い人が多くて、喧嘩や流血沙汰はしょっちゅうです」


 そう口にすると、リサは歩調をゆるめて俺が追いつくのを待つ。それから「じゃあおすすめのポイントは?」と尋ねてきた。

 さっきよりも笑みが自然で距離も近い。少し言葉に詰まりつつ俺は口を開く。


「おすすめは……場末の町だけど、美味しい店があるところですかね」


 ここアーヴ国はとても強い国で、はるか遠くの国から食材が届く。だからこんな場所でも味が良く、また変わった食材も扱う。

 そういやアーイカにも紹介したっけ。あいつ魔剣士なのにこんな店まで来るのかな。


 ふと隣のリサと目が合う。

 わずかに笑みを浮かべてくるだけで、さっきみたいにからかってこない。もう少しふざけてくれたほうが俺としては助かるんだけど。


「? どうしてそんなにじっと見るんです?」


「なぜかしら。私にも分からないわ」


 そう言って彼女は瞳を細める。

 長身で俺と大して背丈は変わらないのに、リサはとても足が長い。理想的な肉体美というべきか、歩くだけで目を吸い寄せられる人だ。


 そしてどうにも逆らえない。

 目には見えない強制力でも働いているのか、彼女がちょいちょいと指で招いてくるだけで俺の進行方向は角度を変える。


 ごく当然のように指を握ってきて、反対側の手を俺の腕に巻きつけてくるものだから、ごく自然と女性のやわらかさを伝えてくる。


「タロ、あなたはずっと一人で迷宮に行っていたって本当?」


「え? ええ、そうですね。誘われてたまに組むときもありましたけど」


「そう、どうして次もその人たちと組まなかったのかしら」


 うーん、なんでかな。

 人と一緒にいたほうがいいといつも言われるけど、俺にとっては苦痛だった。

 仲良く話をしていて、楽しそうで、俺が何かを言いかけると他のやつが言葉を重ねてきたから口をつむぐ。あのときはなぜか愛想笑いを浮かべることしかできなかった。


 そいつらに悪気なんてなくてさ、気をつかって「何か言いかけた?」と聞いてきてくれる。

 でも、重ねてきた話題のほうがずっと面白かったから「なんでもないよ」と言うことしかできない。


 どうしてソロばかりだったのかな。

 ぽっかりとした月を見上げながら言ったことは、たぶん俺の本心だ。


「楽しそうな人を見て、俺がそのなかにいないと苦しいんです」


 だからこういう地域のほうが落ち着く。人がいなくて閑散としていて、見比べる相手がいない場所。そんな生き方は、迷宮に行っても変わらなかったんだ。


 しばらく俺の顔を眺めていたリサは、すぐ近くで笑みを浮かべる。それは女戦士と思えない優しい笑みだった。


「ねえ、3人の法則って知っている?」


「3人の? いえ、聞いたことはないです」


「2人だと会話が詰まって苦しくなる。3人だとそれぞれと会話ができて、間がもつから楽しくいられる」


 それなら理解できたから、ふんふんと俺はうなずく。言わんとすることが気になるし、彼女からの会話に興味を持ったのはこれが初めてだ。


「きっとそういう人たちだったのよ。もう輪ができていて、ボケとツッコミみたいに役割が決まっていて、だから仲間外れにされるのが怖くてタロの邪魔をする」


 は? と俺は呆気に取られる。

 まさかそんなと言いかけて、リサの自信満々な笑みに言葉を飲み込む。


「そんなものよ。一人を見下して楽しむような連中を見ると、私は踏み潰したくなるわね。ふふ、心配しないで。これまでに踏み潰したのは、たったの5人よ」


「踏み潰したってなに!?」


 そう大声でツッコミを入れたのに、なぜかリサはにっこりと笑う。

 ほら、私たちでもボケとツッコミができたじゃない。そう言っているようであり、また同時にリサはやっぱり俺よりも年上なんだなと思う。


 機嫌良さそうな笑みを浮かべて、彼女はぎゅっと手を握ってきた。


「そうね、君のそういうところ……好意には好意を返すところが一番好きかな。このあいだは私を救ってくれてありがとう。正直ね、かっこいいって思ったわ」


 どういたしましてという返事は口にできない。

 不意打ちのように口をふさがれてしまったんだ。


 俺の初めては、水辺で鳴く蛙たちの声に包まれる場所だった。




 家にたどり着くころには、なんだかんだ俺はリサとの会話を楽しんでいた。

 お土産らしきものを手にして、俺の部屋にノックをしかけている姿の――――アーイカと会うまでは。


「…………っ!」


 面食らった表情をアーイカは浮かべて、それからみるみるうちに顔色を青ざめさせてゆく。しっかとにぎりあった手を凝視されており、俺はもう息をすることも忘れていた。


 なっ、なんっ、なんでかなっ?

 関係を知られないように遠ざかっていたのに、どうしてこんな夜にだけ会いに来たのかなっ?


 いやー、待て待て、落ち着け! まずは落ち着け、なっ?

 この二人は初対面だが、魔剣士ギガフレアと魔剣士ナザルの部下という間柄だ。幸いなことにギガフレアは戦場でいつも全身鎧を見にまとっていて、顔はおろか性別まで世間に知れ渡っていない。


 だからまず、ぱちっぱちっと目配せをする。

 リサ・オウガスターといえばそこそこ名が知れている。魔剣士の部下というだけでなく、肉体美などの外見的な美しさは確かに特徴的だからな。


 だから気づけ。気づいてくれ。アーイカと関係があると知られたら、あとあと面倒なんだということに!

 その必死な願いが通じたのか、彼女はかすかに笑みを浮かべてからこう言う。


「さいっっってーー………」


 違った。極寒のまなざしだった。

 いや待てよと思うのは、これ以上ない「最低な浮気現場」だということだ。たとえるなら出張中に女を連れ込んだ状態であり、もはや「詰んだ」という言葉以外出てこない。


「えっと、どなた?」


 ややとまどった声でリサはそう口にする。

 ぱっと手を離したし、俺とアーイカの表情から事情を察してくれそうだし、もしかしたらこの場で頼れるのは彼女だけなのではと思う。


 そう、そうだ。俺たちコミュ障ズと違って彼女は恋愛経験も豊富な女性だろう、たぶん。だから空気を読んで察していただくという手も打てるのではなかろうか。


「その、彼女は……」


「ふうん、それ以上口に出さなくていいわ。案外とすみに置けないわね。てっきり経験もないと思っていたのに」


 未経験というのは本当だから困る。

 嫌な汗をだらだらかいていると、やはりリサは空気を察して俺からもう一歩離れてくれた。


「ごめんなさい、邪魔をする気はなくって。私はもう帰るわ」


 内心でホッと安堵の息を吐きつつ、これでどうにかなりそうだと思ってアーイカを眺める。だが、その形相を見て俺の心臓はドキリと鳴った。


「待ちなさいよアンタ!」


 鬼のような形相で俺の横をツカツカと通り過ぎてゆき、リサの肩を掴んだのだ。ひっ、と悲鳴を上げかけたのは俺のほうだった。


「あ、あのっ、アーイ……アイさん? その、暴力沙汰はおやめになったほうが……」


「は? なにアンタ、ここで内臓をブチまけられたい?」


 ちょっと! おっかな過ぎない!?

 とっさに偽名を使ったが、そんなことアタシは頼んでねえんだよとばかりにギヌロと睨まれて俺の精神面はズタズタだ。


 彼女の猛攻は止まらない。あたふたしている俺を放置して、アーイカはリサに掴みかかる。羽交い絞めにする様子に俺は顔を真っ青にした。


「アタシさぁ、こう見えて鼻が利くんだぁ。リサって言った? 見たところ強そうだけど、なーんでこんな物を持ってるのかなぁ?」


 見事な谷間から抜き取られたものを見て、リサは瞳を戦闘時と同じくらい険しくさせる。

 アーイカの指につままれているものは、透明な液体が入っている瓶だった。


 表情を険しくするリサとは正反対に、アーイカは嗜虐的な笑みを浮かべる。


「これでアイツのこと始末しようとした?」


「っ! わ、私はそんなこと……!」


 あまりの状況にあっけに取られつつ、ふと思い返す。

 ああ、そういえばリサが現れたときに「口封じかな?」と俺も思ったっけ。魔剣士ナザルの醜態を目にしたし、技について聞き出してから始末をしようと考えてもおかしくない。


 しかしそんな憶測は、すらりと鋼を抜き放つ音を聞いてしまっては一時中断だ。

 すでに半ばまでリサは剣を抜いており、アーイカはアーイカで嗜虐的な笑みを強めていた。


 俺には分かる。この場合、もはや戦いにもならないことを。

 一方的な蹂躙と化すのは明らかで、魔剣士の背中から立ち上る殺気に気づいて一刻の猶予もないことを俺は悟る。


 いや、まあ、この場合は大して慌てるまでもない。正直なところ修羅場のような状況のほうがね、俺にとってはずっと怖いし恐ろしいよ。誇張や冗談などではなく。


 ツカツカと歩み寄る。

 二人の視線を受けながら、その透明な瓶をひょいと取り上げた。

 何をする気だろうと二人は揃って目を丸くしているなか、俺はきゅぽんと栓を外す。


「この刺激臭……もしや」


 ぐびっ、ごっごっと喉を鳴らして飲んでみる。

 うーん、喉を抜けてゆくときのピリつき感と、舌に残る焼けつくような痛み。これは間違いなく……。


「やっぱりトリカブトっすわ」


「なっなっなっ……!」


 あまりの事態にアーイカは手を放し、リサもまたあんぐりと口を開けてゆく。

 ほら、ショック療法というのかな。びっくりして怒りが吹き飛んだりするじゃない。人間の怒りは3秒だか6秒だかがピークだっていうし。


「「なにやってんのよバカーーーーッ!」」


 しかし予想に反して、鼓膜が破れるかと思うほど二人から大声を浴びせられた。

 直後、ずどんとアーイカの拳が俺のみぞおちに炸裂する……だと? いや、かわそうと思えばかわせたが、いまはそうしないほうがいいと第六感が働いてだね……。


「さっさと吐いて! タロ、おえってして!」


「駄目ね、ぜんぜん吐かないわ。アイさん、水を持ってきて! とにかく早く薄めないと!」


 おごごごご、と大量の水を飲まされて、何度となく腹パンを喰らうことになったのは、たぶんアレだろう。天罰だ。

 ぼっちなくせに可愛い女性と仲良くしようとしたから、運命の神様が「死ねよ」と囁いているんだ。割とダイレクトに。


「タロ、死ぬなーーーーっ!」


 分かってる分かってる。

 喉にずぼっと手を入れられている通り、お前が殺そうとしていることは分かってる。

 俺の内臓は火竜に鍛えられてるから毒なんかぜんぜん効かないけど、この仕打ちには死にかねるよ。


「タロオオオオオぉぉぉぉ!!」


 やめろやめろやめろ! それはやめ……へげえっ!!

 願いむなしく渾身のボディーブローが炸裂して、俺は夜中に汚い花火を打ち上げた。


 燃え尽きたぜ。真っ白にな。


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評価は作者のモチベーションに直結しますし、連載を続ける大きな励みとなります。

― 新着の感想 ―
[一言] カウンターは炸裂しなかったか… 最初は処分するつもりだったけれど、途中でほだされた、とかかな? 内臓は火竜の加護が有っても、なにには加護ないだろうから、潰されるような羽目にならなくてよかった…
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