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第15話 敵を知るにはまず敵を知ることだ

「おはようございます、ナザル様!」


 ほうきを手にして俺はそう挨拶をする。

 お日様も裸足で逃げ出しかねない爽やかな笑顔であり、もしも点数をつけるなら100億点は固いだろう。


 しかし魔剣士である男は、完全に「無」の表情を向けてきた。

 おうおう、なに無視してやがんだ。このほうきでテメーの頭を叩き割るぞ。


「お前はだれだ。庭師を雇った記憶はないのだが?」


 初めて聞いたそいつの声は、同性でもいい声だと感じられた。

 爽やかな響きであり、かすかに低音混じりであることから「このファックス野郎、イケボ(※イケているボイス)搭載型かよ」と胸中で舌打ちをする。


 最近、女性の好みがうるさくなってきた。

 それは単に俺の感覚なんだけど、ただ見た目が良いだけではもうやっていけない時代なんだよね。


 ふたつ、みっつとイケている要素を足して、かつ強烈な個性がないとまず市場で通用しない。

 どこの市場だよというツッコミは置いといて、しかしこいつはというと「剣の腕」「顔」「イケボ」「金」「豪邸」とすでに複数の要素を持っている。これで性格まで良かったとしたら……うまく言えないけど俺の心にダメージが入る。それだけはやめてくれ。


 などと余計なことを考えていたせいだろう。返事をしない俺に対してナザルはうさんくさいものを見る目つきに変わり、じわりと剣呑な気配をまとう。


「あーー、すみません旦那。こいつは庭師の役に立つんじゃないかって、お試しで仕事を教えていたんですよ」


 影から飛び出てきたガタイのいい男は、俺を睨みつけてからまたナザルに笑みを向けた。勝手に挨拶をするなという意味だろう。


「……役立つ?」


「ええ、タロといって、見た目はぼんやりしてますが意外と器用な男です。もちろんまだ給金はやりませんし、見込みがあれば旦那に紹介をと考えていたんです」


 わははと男は笑う。笑って誤魔化せという感じだが、不思議と嫌味を感じない。意外とこのおっさん、器用に立ち回れる人なのかもしれないな。アーイカとのツテがある時点で真っ黒だし。


「もちろん気に入らなければ追い出しますが、どうします?」


「……詳しい話はあとで聞く。その男には、私の視界に入らないように教育しておけ」


 良かった、こいつ性格悪そうだわ。

 ゴツンとおっさんからの鉄拳制裁を頭に受けながら、そんなことを俺は思う。ほら、俺ってすごく善良な人間だからさ、魔剣を奪う相手はできれば悪人がいい。

 ナイフを舐めているような悪人面だったらもっと良かったんだけど。




 さて、魔剣士ナザルの邸宅には、すんなりと入り込むことができた。

 しかしそれはアーイカの助力、それと地味な努力の結果と言える。


 まず関係者との対話から始まり、そこそこ話が通じそうな相手だったからこうして潜入を試みることにした。

 その間、俺の家の再建が急ピッチで始まった。宿なしの男を受け入れるような邸宅などあるわけがないし、住みこみはちょっと……と渋い顔をおっさんが浮かべていたからだ。


 これでアーイカへの貸りは金貨何枚分になったのだろうか。

 でもさ、元通りのオンボロにすることなくない? 新築のピカピカにしたっていいじゃん。生まれて初めて見たよ。埃の積もった新築の家なんて。


 だから「家だー!」じゃなくって「そっか、これが悪夢か」という反応しかできなかった。最近の職人さんって凄いんだね。

 ともかく、ここまでざっと2週間ほどかかっており、まだまだ課題は多いが上出来だろう。


 見上げると立派な邸宅がそびえ立つ。

 どこだかの国の建築様式で、金はこういうところに投じられるのだなと感心する。

 住みやすく、暮らしやすく、要人を招いても人の目につきにくい。


 敷地内では使用人以外に怪しい恰好をした男と女を数人ほど目にしている。お抱えの戦闘部隊の連中だろう。すると魔剣士ナザルは無敵のように見えて、一人では立ち行かないときがあるのだろうか。


 そう観察をしながら、おっさんの手ほどきを受けてゆく。

 初めて知ったのだが、庭師というのはただ単に枝を切ればいいわけじゃないらしい。


「へえ、この変な臭いのする液体で虫退治をするのか」


「ああそうだ。こいつは木酢もくさくと言って、木炭を作るときに出る。摂りかたにコツがいるから、そのうちお前にも教えてやる」


 おっさんはニコライといい、強面だしすぐに手を出すけれど教えかたが丁寧だ。

 さっき褒められた通り俺はそれなりに器用で、教わったことを覚えるのが得意だったりする。

 ただ単に頭に放り込むだけだとテスト勉強みたいにすぐ抜けていっちゃうけどさ「こういう理屈でこうなる」と整理をしたら覚えやすいし、そのほうが身について楽しいよ。少なくとも俺はそう。


 薪を作り、枝を落とし、雑草を払い、季節に応じた草花を育てる。

 庭師として覚えることはたくさんあって、はたから見ていると気づけないものだなと妙な感心をした。


 布切れで汗をぬぐい、ぷうっと息を吐く。

 木漏れ日があったかいし、抜けてゆく風も心地良い。こういう暮らしも悪くない気がした。無給でなかったらだが。


「タロー、こっちの皿洗いも手伝ってくれるかしら」


 と、ひと息ついているときに声をかけられる。目をやると太めの体格をしたおばちゃんが戸口から顔をのぞかせていた。


「はーい、いま行きます。それとおばさん、俺はタローじゃなくてタロです」


「あらそう、私はおばさんじゃなくてメリンダよ。さあさ、急いだ急いだ」


 そう言って掃除道具をどすんと押しつけてきた。

 とまあ、だんだん顔を覚えられつつあり、こうして仕事を任されることが増えてきた。給金なしというこれ以上ないブラックさであるものの、見習いという立場をもうすぐ卒業できそうな気がする。


 しかし問題は、魔剣フラウデリカをまったく見かけないことだ。

 奥の宝物庫にしまわれているという噂だが、こればかりはうかつに調査できない。忍び込んで見つかることはまずないが、もしも痕跡を残していたら面倒なことになりかねないんだ。


 あの日、通りで見かけた彼女は美しかった。

 気高く、神々しく、人が触れてはならない気配を放っていた。

 一瞬だけしか視線を合わせられなかったが、彼女の姿が脳裏に焼きついて離れない。


 しゃんとした背筋、冷たい瞳、かすかに漂う彼女の甘い体臭。

 強烈すぎる美しさは、恐らく死ぬまで忘れることはできないだろう。冷たい水で皿を洗いながら、流れるような黒髪を思い出して「ふう」と熱っぽいため息を吐いた。




 庭師見習いとして働き始めて1週間ほどたったころだろうか。

 仕事道具を用意していたときに、背後から何者かの視線を感じた。


 振り返った先にいる人物に、俺は目を見開いた。


 ――魔剣フラウデリカ。


 強烈なまでに美しい女性は、ざあっと黒髪を風にたなびかせる。

 切れ長の瞳はまっすぐに俺を見つめており、色鮮やかな唇にはかすかな笑みを浮かべている。


 どうしたものかと悩みはするが、つい先日、ナザルに見せたような満面の笑みを俺は浮かべることにした。

 元気よく行くぞー! せーの!


「おはようございます!」


 そう挨拶をすると、フラウデリカは唇の笑みをさらに深める。そして殺意を込めた瞳で俺を睨んできた。


「あなた、やはり私の姿が()()()いますね? 街角で見かけたときはただの薄汚い男と思いましたが、ここまで入り込むとなると……」


「親父さん、もう起きてきたんですか?」


 ぴくんとフラウデリカの肩が震える。

 そして彼女が振り返る先には、くあーっと欠伸をするおっさんが立っていた。


「ああ、タロに任せっぱなしじゃ腕がなまる。しかしお前、本当に覚えが早いな。せっかくだし、めいっぱい俺が教えてやろう」


「えぇ、だったらそろそろお給金をくださいよ……」


 わっはっは、とおっさんはごまかし笑いをする。

 目を見開いてそんな様子を眺めていた魔剣フラウデリカは……、かああっと顔を一気に赤くした。

 それまで俺に向けて伸ばしていた指先を引っこめて、反対側の手でにぎる。そのまま涙目となり、両手で顔をおおってしゃがみこむ。


「恥ずかしっ……!」


 わっと泣き出しそうな声でそう言っていた。

 分かる分かる。自分に声をかけてきたと思ったら、実はそれが反対側にいた人だと気づいたときっていたたまれないよね。


 だけど頭から蒸気を出しそうなほど恥ずかしがっている姿が、めちゃくちゃ可愛くてたまらない。許されるのなら、あああーと叫んで床を転がりたい。


 あれだけの冷たい瞳だ。てっきりクールな人かと思っていたのに、意外と庶民的な人(魔剣)だったんだなぁ。


「ん? どうした、タロ。にやにやしおって」


「いえ、これから覚えることがたくさんありそうで、すごく楽しみなんです」


 おいおい、なに満足そうにうっすら笑ってんだよ、おっさん。真面目に働いているんだから金くらい払えや。

 まったく、主人がファックスなら庭師もファックスだな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔剣、可愛い。しかし、魔剣はみんな魔剣士が好きなのかな。まず、魔剣の心を奪わないと、剣だけ手に入れてもだめそうたなあ。 しかし、もう全然コミュ障じゃない。やればできる。やだからやらない、と…
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